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平川克美の著書「移行期的混乱」に感銘を受け、 平川さんのブログ「カフェ・ヒラカワ店主軽薄」を読んでいたら、 ジュンク堂の「池袋店」で、平川克美が選んだ本のフェアをやっている という記事が出ていた。 その紹介の中に出ていた1冊が本書だった。 図書館に申し込むとすぐにやってきた。 平川の紹介文は以下のように書かれていた 「本書の作者のような知性によってはじめて、 ビジネスや経済に知が通い始める。稀有の一冊。 だいいちスリリングで面白い。」 と。岩井克人といえば「会社はこれからどうなるのか」 「会社はだれのものか」というシリーズが印象に残っている。 「会社」というものを根源的に考えて 教えてくれたのがこれらの著作だった。 奥付には1985年1月10日発行とあった。 僕が大学を出て、就職をした年である。 当時、これを読んでもちんぷんかんぷんだったろうと 読了して思った。 というのも、本書は様々な事象に対する 論文やエッセイをまとめたものなのだが、 論文によっては難しすぎて何が書いてあるのか? いまも、理解出来ない文章もあった。 ただ、本書はいくつかの論文が混在しているので、 頑張って読み進めていき、 新たな章に入ると理解出来るものもある。 冒頭の「ヴェニスの商人の資本論」はとても刺激的な話だった。 ここではユダヤ人とキリスト教徒であるイタリア人との関係の話、 信用取引やデリバティブの話、 そして貨幣とは経済とは? の根本にあたる捉え方が描かれる。 経済哲学というものがあるとしたら、 その原理を岩井がわかりやすく解説している。 その経済哲学を、 有名なシェイクスピアの喜劇「ヴェニスの商人」の具体的な 物語を借りて述べている。 ここで語られるのは様々なものの持つ両義性である。 あっちを立てるとこっちが立たない。 Aの方面から見るといいことも、Bの方面から見ると良くない。 また、存在それ自体が自己矛盾をはらんでいる ということも理解出来た。 ということは、いまのわたしたちに置き換えても同じこと。 たとえば、欲望の肥大化を抑えきれなくなった状態が長く続けば、 ある時期に何らかの破綻を迎える、それが世の常である。 バブル崩壊は必ず起きる。 この世界もこれ以上、肥大し続ければ…? また、古代ローマでは、共同体の仲間に 金を貸す時には利子を取らない、というのも興味深いものだった。 これから未来に向けて 小さな共同体がたくさん現れそれが状況に応じて 有機的に関連して大きなプロジェクトなどを実行していくのではないか? と言っている人がいる。 平川克美などもそうである。 その時に、共同体の内部での経済はどうあるべきなのか? その仮説を考えることは、未来の新たな共同体を考える意味で とても重要なことではないか? そのためのヒントを、本書は与えてくれる。
池松壮亮、初舞台。原作はモルナール・フェレンツ。 ハンガリーの劇作家で本作の原作を書いたのは1909年だった。 100年以上前の原作が、青山円形劇場で上演される。 脚色・演出は松井大悟。 ゴジケンという劇団を主宰しており、映画も監督し、 テレビドラマにも脚本を書いている。1985年生まれ。若い! 久留米大付属高校出身の福岡の秀才。 慶応の経済を出て、演劇の世界へ! 演劇の世界には人を惑わせるものがある。 まるである種の媚薬のような。 その媚薬の効果が、本作でも生きている! 円形劇場の円形の舞台の上に、 さらに円形の回る舞台がしつらえられている。 それをメリーゴーラウンドに見立ててこの舞台は始まる。 くるくると回るメリーゴーラウンド。 ハンガリーの移動遊園地があるような場所を想像する。 池松はそこにあるバーで働いている。 銀粉蝶演じるおかみさんのもとで。 池松は暴力的で刹那的で思慮の浅い男を演じる。 バーで池松は二人の女と出会う。美波と山田真歩。 池松と美波は互いに魅かれあい一緒に住み始める。 が、池松は相変わらずで美波に暴力をふるう、 今でいうところのDV亭主みたいな感じである。 世の中がどうでもいいというような感じで生きている池松。 その投げやりな喋り方がとても印象に残る。 池松は周囲のものから「リリオム」と呼ばれている。 どういう意味かわからないが、とにかくそう呼ばれているのだ。 リリオムと美波の間に子どもが出来る。 リリオムは生まれてくる子どものために一攫千金を企てる。 その企てを持ちかけたのが悪友の中山祐一朗、 二人は現金運搬人を襲うのだが…。 ここからは実際の舞台を! この後の顛末がとても興味深いのである。 リリオムはこの事件のあと自らを変えようとする。 同じ、池松とは思えないくらい変化したその姿はとても 愛おしく優しさに満ちあふれている。 しかし、現実はそう甘くないという事実も突きつけられるのだが その展開が面白くて2時間弱の舞台がとても短く感じた。 音楽や照明などの演出の工夫も随所に施され、 20代後半の演出家の仕事とは思えない仕事。 初日の観劇だったので、これからの熟成が楽しみである。 その他の出演者、津村知与支、中川晴樹、東迎昴史郎、武田杏香も含めて とてもいいキャスティングだった。6月3日まで。
ローザ・ルクセンブルクと言うと、何を思い出すか? 僕たちの年代なら(1962年生まれ)、 あるロックバンドの名前を思い出すかも知れない。 1980年代のある時期、とても有名なバンドだった。 どんとさんというミュージシャンの名前を知っている人も 多いのでは? その頃、スターリンという遠藤ミチロウなどが所属していた パンクバンドなどもあり YMOは中国の国民服をモチーフにした衣装を着て コンサートを行ったりしていた。 バブルのピークへ向かう80年代は何故かそういう時代だった。 共産主義的な形式がもてはやされ それがファッションのようになり、 若者たちはそういう感覚をカッコいいと思うような時代だった。 それ以上に深いものはないのかも知れないが、 共産主義というのは匿名の記号性みたいなものを感じるモチーフだった。 そして、どこか反体制的なファッションという感覚があったのでは? ここで言うローザは、正真正銘のローザ・ルクセンブルクのことである。 彼女はポーランドで生まれドイツで活動したマルクス主義の 政治理論家であり革命家であった。1871年に生まれる。 丁度、日本で言うと明治維新の直後である。 彼女は女性にもかかわらず、こうした革命運動を行った。 ローザは1919年に暗殺される。 本作はローザに関係があった人たちが出演して ローザについてのことを演じる舞台である。 舞台はローザの死後5年後の1924年。 ローザの墓前に集まるところから始まる。 この日はローザの命日なのか? 4人の人々がここにやってくる。 クララ、ゾフィー、ルイーゼ、フリードリッヒ。 ここにいる俳優4名だけの舞台である。 彼ら彼女らがそれぞれのローザを演じる。 時間堂の堂主である黒澤世莉はこう書いている。 私は人間というものは信じられるかと問われれば、 信じられると即答しかねる。 しかし、俳優というものは信じている。 この言葉を体現するために生まれた90分の舞台。 3人の女優と1人の男優。 30-40人も入ればいっぱいになりそうな王子スタジオ。 俳優は観客の間近で演技するので ちょっとした息使いまで聞こえてくる。 その緊張感の中で俳優たちは演じる。 見ている方も緊張する。 その心地よい緊張感こそが演劇を見ることの一つの魅力でもある。 それぞれのローザが見えてくる。 そして、ローザの多様性も見えてくる。 人間だもの。 やはり様々な正負の側面を併せ持つ。 ローザも例外ではなかった。 彼女はそうしてまっすぐに生きていった。 生をまっとうする生き方! わたしたちが日々に流されて忘れがちなことを、 本作を見て改めて気づかせてくれた。 黒澤はじめプロデューサーの大森晴香たちの 本作に対する姿勢を通じて、そのことを真摯に教えてくれた。 百聞は一見に如かず。29日まで。 王子小劇場を超えて少し先。周囲には素敵な居酒屋がたくさんある。
チケットを購入した時に、四つ折りのチラシを渡された。 配給会社のGAGAが出しているもの。 ここには本作の簡単なストーリーと人物関係の相関図が 書かれたものが掲載されている。 そして、こう書かれている。 「本作に限り、ストーリー、人物相関図などを、 ある程度把握してからご覧頂くことをお勧めします。」 と。見て、この文章に大いに納得。 懸命に映画を見るのだが、何が何だかわからないままに物語が進んでいき、 理解できないままに終わってしまうところがいくつもあった。 監督は観客を極端に信頼している。 そのことが見ている人の好奇心に火をつける。 観終わってからも相関図を見て、結果も含めた因果関係を考え、 さらに帰宅してネットでこの映画についていろいろと調べて だんだんとその真相が明らかになってくる。 四つ折りのチラシの下には 「二度目、真実が見える。リピーター割引キャンペーン実施!!」 とあった。本当にもう一度見て、さらに理解を深めたくなる映画だった。 サーカスとは「英国諜報部」のこと。 時は1973年の東西冷戦時代のお話。 PCも携帯もなく電信と有線電話で通信が行われていた時代の話。 ソ連の「二重スパイ」がこのサーカス(英国諜報部)の中にいるのでは? という疑惑から、主役の元諜報部のリーダーだった ゲイリー・オールドマンに真相調査の依頼が来る。 その依頼の前に、この裏切りの伏線となる事件が二つ描かれる。 ひとつは1971年、ハンガリーでスパイ活動をしている男(ジム・ブリドー)が 現地の要人と接触した際に、銃で撃たれてしまうという事件が起きたこと。 もうひとつはトルコのイスタンブールでの話。 ソ連通商使節団の代表の妻イリーナが、英国諜報部の実働部隊の男 リッキー・ターと親しくなり。 ソ連の重要な機密を教える代わりに西側世界に亡命させてくれと願う。 リッキーはそれを信じ、電信を本国へ打つのだが、 「状況は理解した」というだけのつたない返事。 その後、何故か、彼女に突然、ソ連本国の手が伸びて 強制送還させられてしまう! この事件を基に、電信を受け取った側の「サーカス」(英国情報部)の一員に 「二重スパイ」=「もぐら」と呼ばれる裏切り者がいるのではないか? という疑惑が浮上する。 そこでゲイリー・オールドマンが登場し、過去の関係者などに会い、 インタビューを繰り返して、その事件の真相に迫ろうとする。 ここまで書いて来たが、これでもネタバレには決してならないだろう。 実を言うと、さらなる情報を持って見る方が 映画を理解するのにいいのではないか?と思っている。 サーカスの中の人間関係や、その周辺の人間関係も含めて。 派手なアクションなどは皆無である。 英国のスパイと言えば「007」というイメージだが、 それを根底から覆すような映画である。 そして、スパイという人々のリアリティはこういうことなのでは? と思った。 心理と駆け引きの中で人間臭く人とかかわり合う。 心の奥で本当は何を考えているのか?を明らかに出来ないで 生きていかなければならない仕事。 これをみるとスパイはかっこよくないと感じるし、 大変な仕事だな!と思う。 その職業を選ばざるを得なかった人々の悲劇が 淡々としたトーンの奥で熱く燃えているのが見えてくる。 そんな映画だった。 監督はスウェーデンのトーマス・アルフレッドソンという監督。 この監督の映画「ぼくのエリ 200歳の少女」という映画が見たくなった。 ![]()
雨の降る中、神保町スタジオイワトに向かった。 神保町と水道橋の中間にそれはある。 昔からの雑居ビルの1階がそのスペースとなる。 ギャラリーのようでもあり、何でも可能な 多目的スペースとでもいえるだろうか? 牛込神楽坂にも似たような形態のスタジオイワトというのがある。 古い雑居ビルの有効活用の一つの事例である。 本公演は、Yさんに教えていただいた。 「乞局」の公演、初観劇となる。 この劇団の名前は随分前から知っており気になっていた。 作・演出の下西啓正は自身、チェルフィッチュなどの舞台に 俳優として出演しており、名前と顔姿は良く知っていた。 今回は、5つの短編戯曲を組み合わせて1作品にしたもの。 そのテーマは万国博覧会、いわゆるEXPOというものだ。 1970年の大阪万博から始まって、沖縄海洋博[1975年)、つくば科学万博[1985年)、 さいたま博[1988年)、そして青嶋幸男知事が中止を決めたお台場の、 世界都市博覧会(1996年)がテーマとなっている。 約30年間の日本の現代史とともに語られる。 各テーマ毎に演出や仕立てが変えられている。 しかも、俳優たちの個性も考えた演出になっている。 俳優は総勢8名。墨井鯨子の独白からEXPO70は始まった。 当時の流行語や風俗、世相のキーワードが彼女の口から次々と発せられる。 激しい動きを伴ったそれは一人パフォーマンスとも言える。 当時、大阪万博会場の近くに住んでおり小学2年生だった僕は、 とても万博の光景を良く覚えている。 家族や親戚などと何度か足を運んだものだった。 この万博、会期6ヶ月間で何と6400万人余りの人が身に来たという。 未来は希望に溢れていた。 その後、時代の変遷に応じて万博のあり様が変わっていく。 それが見えてくるのが面白い。 高度経済成長が続き、みんなが豊かになっていき、 バブルがピークに達する。そしてその後の破綻。 88年のさいたま博覧会のバブルの狂騒の描き方がとても批評的だった。 当時、博覧会に出展していた企業はいま、どうなっているのか? 当時は、破綻する大企業などというのは考えられなかった。 これら40年前からの万博の変遷を 2012年の視点からみると いろんなものが違う意味を持って見えてくる。 俳優のキャラが上手く活かされ、どれもとても面白い作りとなっている。 自由な演出が見ていて気持ちいい。 「乞局」ってこういう感じなのか?これからも見守って行きたい。 舞台中央にしつらえられた、さいとうよしかずの手になる 「レゴ」で作られたEXPOをモチーフにした模型が象徴的。
5月の電気料金の請求が来た。 34日間で186KW。1日あたり、5.47KW。 昨年はちなみに33日間で171KW。 1日あたり、5.18KW。 今年は、約0.3KW分増えてしまっている。 何かをつけっぱなしにしたりしているのが原因か? 今年のGWは外に出ずに自宅にいたからか? やはり、LED電球をもう1灯購入して見るか? 先日80W相当の明るさのLED電球が出たという記事を見た。 ちょっと探してみよう。 2014年電力の自由化になるらしい。あと2年。 エネルギー業界がこれから大きく変わっていく予感が。 ![]()
通常の客席を全部取り払って平地にした劇場スペースの真ん中に 8メートル四方くらいの大きさの舞台がある。 客席はそれを取り囲む形で設置されている。 まるで円形劇場のようなしつらえ。 舞台の真中には大きな周り舞台があって 人力で回転する構造になっている。 いつもの東京タンバリンらしいポップで洒落た空間が 吉祥寺シアターに出来あがっていた。 作・演出の高井浩子は今回、30代の結婚をした女性たちに焦点をあてている。 現在をそのまま切り取ったような台詞が頻出する。 「ああ、あるある!」という台詞が随所に出てくる。 フレンチレストランで平日に8500円のランチを食べる 女性3名のシーンからこの舞台は始まる。 回転台に均等に配置されて外を向いて座っている女たち、 森田芳光監督の「家族ゲーム」を思い出す。 ギャルソンなども外に向いて立っており、 彼女の夫たちはその回転台をもくもくと押している。 まるで労働をしている男たちと、 ランチを楽しんでいる女たちが対比されるような構造。 こうした記号的な処理を施されたシーンで 典型的とも言える記号的な妻たちの会話が交わされる。 出て来た料理を携帯で撮影しようとする、専業主婦。 いまどき携帯!と語る残り二人の女たち。 一人は、どこかの会社で働いており、 一人は歯科医をしている。 いまは、スマホでしょう! みたいな、どこかで聞いたことがあるような会話が繰り返される。 しかし、こうした日常の切り取りは、 単なる導入部に過ぎなかったことがわかる。 これは、新しい家族の形態を描こうとした演劇なんだな。 と感じた。 これからの家族や地域や友人たちの付き合い方みたいなものが この舞台を通じて見えてくる。 「早春スケッチブック」などを初めとして家族の在り方をずーっと描いて来た脚本家 山田太一のことを思い出す。 そして、さらに山田太一以前に家族の在り方を描き続けていた映画監督、 小津安二郎を思い出す。 高井は現代の新しい家族の物語に挑戦した。 しかも、その演出の方法がとても演劇的な手法である。 観客はここでとても有効な演劇ならではの体験が出来る。 同じシーンが何度も繰り返される。 ある事件が起きるのだが、その事件が起きる前の顛末を 何度も何度も角度を変えて見せてくれる。 実際に舞台の見える角度をかえて、 人物関係の角度を変えた見方を呈示する。 そこから観客は総合的に、そこで何が起きたのかを推理しなくてはならない。 息の詰まるシーンが、洒落たトーンで繰り返される。 ここでは、また、家族の関係を中心に介護や成功、嫉妬、不倫、 子どもの教育のことなどが並行して描かれる。 いろんなことがありながらみんながそこにいて、 世代の違う人たちが集まる場所やコミュニティがある「幸せ」が これを見ていると感じられる。 現代に住むわたしたちの これからの生き方の一つの方向を感じさせてくれる舞台だった。 緊張感の途切れない1時間45分。27日まで。
糸井さんという人は時代を切り取って行くジャーナリストである。 そのことをこの特集号で天野祐吉さんが書かれており 大納得だった。 糸井さんは単なるコピー職人ではなかった。 80年代に広告を一線で作っていた人には そんな方も多かったように思う。 そうして、それらの人々も素晴らしい仕事を残している。 80年代の前半に広告はある種の文化となった。 「サントリー」のCMや「西武」の広告を見て、 広告が、文学や哲学を語ってもいいんだ!と思った。 そして、「PARCO」の広告を見て、 その語り方がアートでもいいんだと思った。 と、同時に「金鳥」などを手掛ける 大阪電通のスタッフの手掛ける、面白いものが一方には存在していた。 もちろん、サンアドやライトパブリシティなどの作る 品の良いものや「としまえん」みたいなのぶっとんだものが登場し、 広告表現が多様性に溢れていく時代だった。 面白かった。 しかし、糸井さんはその後、1990年代に入って、 あまり広告の仕事をやらなくなる。 その理由などは本書を読むと少し語られている。 徳川の埋蔵金や釣り(バスフィッシィング?)などをしていたときは あまり糸井さんの熱心なファンではなかった。 ときどき、劇場などで舞台を見にいらしているのを遠目で見ていた。 喫煙場所で煙草を吸っているのが印象的だった。 その頃の、糸井さんと僕との接点はテレビゲームだった。 糸井さんが「MOTHER」を作らなかったら 「スーパーファミコン」を買うこともなかっただろう。 ムーンライダースの鈴木さんの音楽とともに 永く記憶に残るゲームとなった。 「MOTHER2」までを真面目にやった。 ラストシーンに感動した。 その後の「MOTHER3」はやっていない。 その後の糸井重里との邂逅は「ほぼ日」との出会いである。 ある時期熱心な「ほぼ日」読者で毎日のようにサイトを覗いた。 あの頃発行されていた「ほぼ日刊イトイ新聞」の会員証を いまも持っている。IDナンバーが#13732である。 貴重な思い出となっている。 そうして糸井さんはほぼ日オフィスを設立し、 田町にオフィスがある時にときどき前を通ったのを覚えている。 「明るいビル」という名称が妙に印象に残っている。 美味しいお蕎麦屋さんの情報なども教えてもらった。 糸井さんは面白い(興味を持ったものというのが正確かもしれません。)と 思ったことに首を突っ込み、その関係者に会い話をし、 それらの体験が自動生成されるかのように 「ほぼ日」のコンテンツになっていく。 東京糸井重里事務所はいまや、出版社でもあり、 さらに、そこから発信された「ほぼ日手帳」は いまや35万冊売れるようになった。 コンテンツを通じた物語と、その物語を経験出来る モノやコトなどを生み出し続けていっているのが 今の「ほぼ日」のスタッフと糸井さんの仕事。 それは単純に大企業の経済効率だけを考えたものではなく、 何らかの想いや感じ方みたいなものを大切にして 救い取ろうという意思が感じられる。 そうした会社のあり方はまさに糸井さんらしいし、 そうした考え方が好きで集まって来た人たちが ここで懸命に働いているのだろう。 多様な会社のあり方、 多様な生き方の選択を呈示してくれていると言う意味でも 糸井さんが50歳で始めた、この「ほぼ日」の仕事には 注目すべき点がいくつもある! と今回改めて感じた。 ![]()
本書を購入したのは、僕が熱烈な糸井さんのファンだったから。 そもそも僕が広告業界に入るきっかけを作った人が 糸井重里だった。 糸井さんは僕たちの世代のヒーローだった。 西武百貨店のキャンペーン、 「不思議、大好き」(1982年)「おいしい、生活」(1983年)。 1980年代に創刊された「広告批評」は 当時の貴重なサブカル誌でもあった。 そこに糸井さんが取り上げられ、 僕の中では文化を発信するクリエイターの中の ヒーローとなった。 年齢よりも精神年齢が幼かった僕は、友人のAの言葉をうのみにした。 「お前は、新聞記者よりもコピーライターの方が向いてるんちゃう?」 「コピーライター?」 中学の頃から新聞記者になりたいと漠然と思っていた僕は 「新聞学科」か「マスコミ専攻」のある大学ばかりを受験した。 僕を採用してくれた少ない大学の中から、 一番自宅に近い私立大学に行くことにした。 その時のAの言葉は自分にとって衝撃だった。 「え?コピーライターって何?」 大学に入って、 自分のバイトしたお金で映画や演劇を見ることが出来、 本を買って読むことが出来るようになったのは何よりの喜びだった。 あの頃は大学生協に「新聞ダイジェスト」という雑誌が売られており、 新聞社をはじめとするマスコミ志望者のバイブルとなっていた。 それを時々買いながら、どうやって新聞記者になろうか? と悩んでいた時に必殺の一撃をくらった。 それから、情報がないまま「コピーライター」について調べ始めていたら、 世間は何とコピーライターブームであるということがわかった。 それから「広告批評」を買うようになった。 村上春樹の新刊と椎名誠の新刊。「本の雑誌」と「広告批評」 そしてサブカル系の「ビックリハウス」や「宝島」、 「スタジオボイス」「流行通信」などを熱心に読み始めるようになった。 その嗜好みたいなものは30年経ったいまでも変わらない気がする。 大学にに「コピーライター」出身でいまも現役コピーライターの 先生がいるということで、そのゼミ生(植條則夫ゼミ)になりたいと思い、 応募した。 そして、僕はさらにゼミを通じて広告のサブカル的な部分にのめり込んでいった。 梅田に頻繁に出ていき名画座と本屋さんを巡り、時々劇場に足を運び、舞台を見た。 大学の近くでは「貸しレコード屋」(今のツタヤみたいなところ。)に通い、 本屋さんと図書館に通った。 谷沢永一という文学部の教授がいることを知り、 もぐりで授業を聴きに行ったこともある。 理由は、谷沢永一は開高健(寿屋宣伝部=現サントリー宣伝部出身の作家)と 友人であることを知ったからだったと思う。 ミーハーだった。 そうこうしているうちにNHK教育テレビで「YOU」という番組が始まり、 その司会が糸井重里だった。 ゼミの卒論はとにかく100枚以上書けというものだった。 そこでテーマに選んだのが糸井さんだった。 「糸井重里と彼をめぐるメディア状況の変化について」 というテーマで卒論の準備を始めた。 あの頃は図書館か本屋さんくらいしか情報源がなく まだVTRというものもなかった。 東京に行ったときに、八幡山にある「大宅文庫」に行って、 糸井さんの掲載されている雑誌の記事をコピーして来た。 引用に継ぐ引用で何とか100枚以上の卒論を書きあげ提出した。 (今でいうなら、ほぼ大半がコピペされている原稿ということになる。) 当時、出版されていた糸井さんの著作は ほぼすべて読んでいたと思う。 しかし、卒論は結局それらのことを紹介しただけだった。 何ら自分ならではの考察などがない 「考え」のないものだったと今、思い返してみても恥ずかしい。 とはいえ、こうした学生時代を過ごしたので、 広告の世界に行くことになったのだろう。 地元の百貨店に内定をもらっていたが そこで宣伝部に行ける確証もなく、東京にある 映像制作会社(テレコム・ジャパン)に行くことになった。 その3年後、糸井さんがコピーを手掛けた 企業のCMの仕事をすることになるのだが、 唯一の接点は表参道にあった、東京糸井事務所に 資料を届けたということだけだった。
2011年に発売された「BRUTUS」が合本となり 新たにムック本として発売された。 優れたコンテンツというものはこうして 繰り返し利用される。 そのことの価値にみんなが気付き始めると コンテンツ制作者たちは とにかく丁寧にいいものを作ろうと思うようになるのではないか? ものすごい活字量と丁寧に取材された貴重な特集号である。 見出しにこうある。 「糸井さん、あなたは何者ですか?その答えに迫る密着ドキュメント」 2011年1月12日~2011年3月5日2ヶ月間の全記録と127の言葉。 +ほぼ日と作った。吉本隆明特集。 とある。あとがきを読むと そもそも、この特集は「ほぼ日」のスタッフ、 いわゆる「東京糸井重里事務所」の社員からの発案だそうである。 それから「BRUTUS」の編集部に、この企画を直接持ち込んで 実現したものらしい。 「糸井重里」に密着して、編集し雑誌にする。 これはある意味東京糸井重里事務所として、 素晴らしい広報PR活動じゃないか! 東京糸井重里事務所の熱意ある協力もあったのだろう。 そうして、この優れた特集号が完成した。 普段の雑誌と違いとても熱量のある読み応えのあるものとなっている。 雑誌作りにかける時間も半端ないものだったんじゃないだろうか? それが出来る雑誌として「BRUTUS」が選ばれた。 「BRUTUS」の編集部も偉い!大変なことを面白がって引き受け、 こうして何年も保存されるであろう素敵なムック本に完成させたのだから。 「考える人」「PEN」「本の雑誌」「SIGHT」「danchu」など いくつかの興味深い雑誌は残っているが、 経済原理から雑誌広告の出稿が減り、相対的に制作予算が減っていってる。 そうして雑誌の活力が減少し、つまらない雑誌が増えてくる。 その中で何とか頑張っている雑誌は 大きな書店などではバックナンバーが揃っている。 そういう文化がもっと拡がっていかないと雑誌を作っている 優秀な編集者たちが離れてしまうのではないか? 先月も博報堂が出していて先端的な広告表現を、 いや広告になるまえの「広告」について論じていた雑誌 「広告」が休刊となった。 雑誌、出版業界の全体論を言えば、 下降している業界なのかもしれない。 が、 その中に優れたものがありそれを見つけた人が ソーシャルメディアを通じて評判が拡がっていけば、 それはそれで、今の時代らしい効果が生まれるのではないだろうか? 結局、わたしたちはまだまだ捨てたものじゃない! という気持ちがある限り 優れたコンテンツは生み出し続けられるのだ!と思う。 ジャンルは問わない。 そうした思考をする人は どのジャンルでもそれなりの結果を出し続ける。 そのひとつのわかりやすい例が この特集の主人公「糸井重里」さんではなかろうか? (続く) ![]()
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