岩崎俊一が御年60を超えて初めて本を出した。
個人名がこうしてバーンと出た本が初めてという意味である。
インプレスなどから出ている「ひとつ上の・・・」シリーズの
何章かを岩崎さんは執筆しており、
対象に対しての深く切り込んでいくチカラが
広告のコピーを書くのには必要なんだなと思ったことを記憶している。
本書はそれとは違い、「岩崎俊一全仕事」的な要素が含まれている。
岩崎さんがこれまでに書いてきた広告コピーから200本を厳選したものが掲載されている。
とともに岩崎さんの個人的なエッセイのようなものがいくつも書きおろされていて、
岩崎俊一本人をさらに知ることができる。
1947年に京都で生まれた岩崎さんは同志社大学を卒業するまで京都で過ごし、
その後東京に出てきてコピーライターをもう、約40年されている。
一言で40年というが本当に40年第一線で書き続けてきていることは驚き。
コピーライターという戦後の高度経済成長とともに出現してきた職業(広告文案家でなく)は
もはや、完全な一般名詞となっている。
その第2世代にあたるのが、岩崎さんたちの集団ではないだろうか?
土屋さん、秋山さんの次の世代?
先日、急逝された真木準さん(60歳にて逝去)もその世代。
しかしながら、ずーっと第一線を走り続けている人はそんなに多くない。
長く続けている、ということだけで岩崎さんの実力は明白。
岩崎さんの人柄がコピーやエッセイを通じて素直に出てくる。
ああ、広告コピーというのは書き手の個性がこうして出てもいいんだなと思った。
ここには岩崎さんならではの文体とものの考え方が反映されている。
それは岩崎さん自身がその対象について考えきったことを書き記した記録である。
文章はやさしい言葉を使ってわかりやすい論旨で展開されている。
ボディコピーは、それが厳選され記されたもの。
情緒的な言葉を使っていないのに情緒が醸し出される。
まるで少年がはにかみながら文章を書いているかのような。
そう、岩崎俊一とは永遠の少年のような人?
実際、本人に会うと、さらにその思いが強くなる。
厳しさと同居した人懐っこさがある。
好きなことを語るときのにやけた顔がいい。
いつもTシャツ姿で陽に焼けた姿は清々しさを感じる。
岩崎さんと、初めてお酒を飲んだ時に、哲学者の池田晶子の話になった。
盛り上がった。
その時、池田さんはもう亡くなっていらしたが、それを語るときの
岩崎さんのまなざしにいたく感動した。
池田さんの著作では、考えていることをそのまま文章にしているかのようなところがある。
それが哲学だとしたら、コピーライティングというのも、形を変えた哲学なんだなあと思う。
岩崎俊一はそうして40年間考え続けてきたのだろう。
その軌跡がここに記されている。
「母の引力」「おにぎり」「ひとめぼれ」「広告と死」などのエッセイがいい。