野木萌葱は若い。若いのにこんな戯曲が書けることに驚きを禁じ得ない。
斎藤燐かと思った。
「五人の執事」が2010年の岸田戯曲賞の最終候補に残っていた。
受賞したのは「わが星」を書いた柴幸男。
岸田戯曲賞は1955年に始まった。今年で55年。
そうそうたる作家がこの賞を受賞しているんだなと、
白水社のHPを見て改めて思った。
恵比寿のsiteという小さなアートスペースだろうか?
恵比寿駅から歩いて天現寺の方向へ向かって約10分。
ここまで歩いていいんだっけ?という不安な中、会場を発見する。
当日は冷たい雨が降っていた。
地下のスペースに入るとそこは真っ白な世界。
天井も壁も真っ白。
舞台上手には白い防水ナイロンのような白いカーテンの仕切りがあるのみ。
舞台には椅子が少しとOHP(オーバー・ヘッド・プロジェクター)が用意されている。
L字型に会場を取り囲むように書きものが出来る
小さなテーブルのついた机が置かれており観客はそこに座る。
小さなテーブルの上には
「都民の健康ライブラリー 第2回『現代の結核』
講師 第一内科助教授 大城逸平 結核にトライ!
東京帝塚山大学医学部付属病院 第一内科」
と書かれた小冊子が置かれている。
ここで大学の公開講座が行われるという設定。
野木は、限定された空間と場所を工夫して演出している。
このスペースには照明用のライトはない。
天井にあるフロアライトの蛍光灯が設置されているだけ。
野木はそれをも逆手に取る。
蛍光灯が付いているときと消したときの完全暗転、
そしてOHPが点いているときはそれが照明となる。
それと懐中電灯だけを使い劇的な世界を作る。
ストーリーが面白い。
この公開講座にやってきたある製薬会社の研究者。
結核菌の中に多剤耐性結核菌というのがあるらしい。
その結核菌には薬が効かない。
どんな抗生物質を投与しても効かず、肺で発症した結核菌が
全身を回り患者は死に至る。
製薬会社はその多剤耐性結核菌に打ち勝つ新薬を開発したいと思っている。
もちろん医者も同じことを思っている。
結核菌とはDNAを持つ一つの細胞であり。
周囲の環境の変化に応じて
DNAを変化させ生き残ろうとするメカニズムが働くという説明があった。
それゆえ多剤耐性型結核菌というものが生まれた。
(生物としての自らの種を残そうとする本能である。)
ただし、野木はそこにこの舞台の主眼を置きたかったのではない。
人というものが存在していることの矛盾も含めて
人の持つ傲慢さや愚かしさ倫理観などが
この舞台の対話を通じて浮かび上がってくる。
その倫理にいかに向き合っていくのかが鋭く問われる。
答えなどない。ちょうど、
マイケル・サンデル教授の「本当の正義の話をしよう」にも似た
究極の選択が出てくる。
そこに医者も研究者も向きあい倫理観を失っていく。
それは単純に人間のエゴなのか?
研究者としての純粋な欲望なのか?
それとも、医師としてのプライドなのか名誉欲なのか?
製薬会社の強欲なのか?
命と経済と倫理と科学と。
その全てが詰まった緊迫溢れる舞台だった。
誰が正義とかそういう問題ではない。
こうして倫理観をなくしてでも突き進むべきものは何だろう?
と考えさせられる。
人間の命の重さはどこへいくのか?
そしてそれは本当に平等なのか?