平田オリザの「カガクするこころ」「北限の猿」に次ぐ作品。
ここで平田は科学と倫理についての問いをなげかける。
答えなど、すぐに出ない問題。
マイケル・サンデル教授が「ハーバード白熱教室」で問いかけるのは、
まさにこのような問題。
立場や考え方が違うと、そのことに対する結論が変わってくる。
自分の向き合う問題によって倫理観が変化する、
それを、様々な事情を抱えている人たちを登場させながら
観客がその問題について同時並行的に考えることが出来る。
時代は2030年という近未来が設定されている。
外国から、この研究所に移籍してこようとする
外国人の女性(ブライアリー・ロング)がやってくる。
彼女の夫は、ヨーロッパで行われた戦争で死んだ。
が脳は無傷だったため、
彼が近い将来、脳をベースに再生出来るのではないか?
という希望の元に彼の脳が保存されている。
脳の保存をさせてくれることを条件に
彼女はこの研究室で働こうと思っている。
しかし、夫の脳は、もはや夫として再生するのか?
夫の脳と対話するシーンが語られる。
サルを実験材料にしてヒトのための研究が行われる。
様々なジャンルから専門家が集められている研究室なので
立場の違いにより葛藤が始まる。
サルを育ててその生態を研究している
霊長類学やサル学の研究者(立蔵葉子)は当然、
彼ら(サルたち)に愛情を感じている。
一方サルの脳を開頭して、そのサルの脳の働きを実際に調べる研究者なども出てくる。
また、ノックアウトマウスというのがあるのだが、
それは遺伝子の特質を一つ欠如させて誕生させたマウスであり、
その性質を実験を繰り返しながら対処方法を研究していっているらしい。
塩基配列は解明されているが機能が不明な遺伝子の研究において、
ノックアウトマウスは重要なモデル生物だそうである。
これは現在進行形で遺伝子組み換え技術が応用されて実践されている。
それと同じ考え方でサルについてもノックアウトモンキーを作って
実験をしようとすることが行われる。
これも科学者の「業」である。
そして科学者の思いは実験対象を
サルからチンパンジーに移行していきたいと思うようになる。
脳医学の研究者約の中村真生の息子は「自閉症」。
その子供の病気をどうしたら解明できるのか?
ということが中村にとっての生きる意味となっている。
その生きる意味と動物に対する倫理観との葛藤がある。
人類の進化のスピードがこの数百年で飛躍的に進歩したのではないだろうか?
その進化したいという好奇心のスピードと
自然世界のスピードの差がだんだんと激しくなってきているのかもしれない。
好奇心というのはそういうものかもしれない。
金融の破綻もそれと同じような状況で生まれて来たと聞いた。
そのスピードが今回の震災などによって、
確実に正しいものだったのか?という価値の大きな転換をうながしている。
チンパンジーが分化して人間と分かれていったのはたかだか数百万年前、
生物の歴史三十五億年の中のほんの一瞬に過ぎないと考える
動物学者の言葉の持つ意味は、時代の価値観の変換点となったいま、
大きな教訓を与えてくれているのかもしれない。