鳥取のおじさんが亡くなったと知らせを受けた。
母親の兄貴である。
75歳だった。
おじさんはペンキ屋さんだった。
こち亀の両さんにも似たその風貌が懐かしい。
小学校、中学校の頃、夏休みになると
母親の生まれ故郷である
鳥取県東伯郡東郷町川上の兄貴の家に
長い帰省をしていた。
数日間、そこで過ごした思い出は、いまも
くっきりと覚えている。
家の前に川が流れ木の橋を渡ると小高い場所へ通じる。
村のお墓がそこにはあり、お盆にはお墓参りをした。
ゲームで「僕のなつやすみ」というのがあるが
まさにそんな感じ。
虫や魚を獲って遊び、川で泳いで、森の中を駆け回った。
スイカを食べて種を縁側から庭に吐き出した。
いつまでも、身体がそのときに経験したものを覚えている。
夜になるとおじさんの子供である、いとこたちと一緒に遊ぶのが楽しかった。
田舎の家に6人の子供たちが集まってわいわいやっていたのだ。
おじさんはお酒を飲んで顔を真っ赤にしながら
何か冗談を言ったりして、笑っていた。
おじさんは暫く入院していたそうである。
ガンが全身に拡がっていたらしい。
母親は、電話口で少し動揺しながら、冷静を保とうと勤めていた。
これから、鳥取に向かうとのことだった。
おじさんも、あの川を渡ったおばあちゃんたちが眠っているお墓に
入るのだろう。
夏の川上村の、川べりにいた蛍はまだいるのだろうか?
市町村合併で
東伯郡東郷町川上は
東伯郡湯梨浜町川上という地名に変わっていたことを聴いた。