出演者5人だけの舞台。休憩15分入れて3時間5分。
ロンドンから少し離れた地方都市の屋根裏にあたるアパートの一室が本作の舞台。
パースを強調した美術が素晴らしい。(美術:二村周作)
中村倫也演じるジミーと結婚して一緒に住んでいる中村ゆり(アリソン)。
彼女はお嬢さん育ちで世間知らずなところがあり
アリソンの家族はこの結婚を快く思っていないようである。
そして同じアパートに住む幼馴染のクリフ(浅利陽介)。
この町でこの3人は奇妙な半同居生活を送っている。
「ストレンジャー・ザン・パラダイス」などにも見られる、典型的な男2名女1名のお話。
いつも世間に文句ばかり言っている「怒り」のジミー。
その矛先はこの仲間たちにも容赦なく浴びせられる。
中村はそれを静かに受け入れる、受け入れられるのはクリフが間にいるからだろう。
微妙なバランスの人間関係がここで保たれている。
その均衡を崩すかのようにアリソンの友人で舞台女優をしているヘレナ(三津谷葉子)が
このアパートにやってくる。
アリソンはジミーとこのままの関係でいいのか?
と突き付けてくるヘレナ。
なぜ彼女がそこまで踏み込むのかという理由が舞台後半で明らかになる。
翻訳は水谷八也。俳優の言葉がなかなか入ってこない。
特に中村倫也と中村ゆりの二人芝居のところがなぜ入ってこないのだろうか?と思った。
閉塞感や諦観、そして格差に対する怒りなどなど、
現在に通底する内容がこの作品にはふんだんに含まれているのに。
古典的な作品でも現代に通じるものを作らないと
上演する意味がないのではと常々思っている。
もっと今の時代に合わせた工夫が出来たのではないか?
何か演出的な意図があったのか?俳優の強度の問題か?
それとも小屋の大きさなのか?
これが「スズナリ」や「アゴラ劇場」で上演されたら
まったく違う印象になったのではないだろうか?
四方から囲んで舞台を見るみたいなことで
この戯曲のもっている現代性と本質がより引き出せたのでは?
新国立劇場の制作部には、国立の気概を持って作品作りを続けていって欲しい。
「焼肉ドラゴン」や「その河をこえて、五月」や太陽劇団の招聘などなど
過去に素晴らしい舞台の数々を作った経験を高いレベルで継承してこその公共劇場では?
女優の中村ゆりと三津谷葉子が魅力的。見ているだけで楽しい。30日まで。