名作の再再演は円熟の極みに達した。前回と、同じキャストで丁寧に、丁寧に演出が施され、
見ている方の気分がしゃんとしてくる。
大正天皇(西尾友樹)の生涯をモチーフに、脚本の古川健は創作を交えて
新たな物語を構築した。
ある時代に生きた男の物語。そして、彼を支えた皇后さまの妻の物語であり、
同じく、彼を支えた人たちの物語。
天皇にも家族があり親が居て子どもが居る。大正天皇は側室を持たなかったという。
仲の良い夫婦関係が描かれる。
お互いに敬しあい慈しみあいながら過ごすことの出来る関係。
戦後の日本の家族では考えられないような民主的でリベラルな姿。
大正天皇がお過ごしになった時代が早すぎたのかもしれない、
と劇中で昭和天皇のセリフが語られる。
いまでこそ、国民に愛され開かれた皇室ということが普通のことになっているが、
戦前はそれが難しかったのでしょう!
古川健の紡ぐセリフがきれいな言葉でとても美しい。
今の時代の人たちが忘れかけているようなみやびで優しい言葉が語られる。
特にそれを印象付けるのが劇中で物語の進行の語りも行う松本紀保(皇后さま)。
凛とした立ち姿から発せられる毅然とした喋り方から見えてくる
ある種の風格とその奥に潜む人々への愛情。
人民に寄り添おうと努力し、決して自らは優秀ではないと自覚して
生涯に渡って懸命に努力し続けた大正天皇に寄り添い続けた皇后さま。
彼女は決して大正天皇に対する気持ちがぶれることはなかった。
大正天皇は1925年(大正15年)に47歳でお亡くなりになる。
30歳代で髄膜炎を発症され、その病と向き合いながら公務を行われた。
晩年はさすがの状況で昭和天皇が摂政として実務を引き継がれた。
生涯務めなければならなかった天皇制度が
「令和」の時代になって別の形式が取られるようになった。
陛下はある種の覚悟を持って陛下になることを求められ。
陛下はそこから逃げることはできない運命。
現人神(あらひとがみ)とも言われた陛下の人間らしさを想像して
描かれたこの作品が何度も上演されることの意味を考えた。
時代とともに私たちは生きて行かなければならない。
しかし時代を超えた普遍的なものがそれを越えて存在するのではないか?
という古沢健の深い思考の過程を見るようだった。
舞台美術と照明そして音響とすべての技術が完成され日澤雄介の演出はシャープで切れがいい。
そして、これはある場所に生まれた父と子の物語でもある。
明治天皇を父に持ち、自らは父となり昭和天皇を子に持つ大正天皇。
父子の葛藤は昔からどの家族でも必ずあり、そしていつか父を超えていくなどが描かれる。
しかし、本作を見ると人には
いろんな生き方や価値があり、そこに生を受けてその生を全うするだけでいいんだよ!
父子の葛藤なんてどうでもいいのかも知れないよ、と思わせてくれる。
私も父との葛藤が長く続いた記憶がある。
特に高校から大学にかけて価値観の相違で意見が対立した。
そして大学3年生の時に父が急逝した。享年59歳だった。
父とこの年になってからちゃんと向き合って話が出来たら
あの葛藤は何だったんだろう!と言えたのかも知れない。
再来年で私も父が亡くなった年齢を迎える。
上演時間2時間20分強!10月14日まで。
「当日券あり」と書かれてありました。