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サイモン・マクバーニー演出。 数年前、村上春樹の短編の数本を再構成した舞台 「エレファント・バニッシュ」以来の公演。 サイモンは今度、題材に、谷崎潤一郎を選んだ。 世田谷パブリックシアター渾身の共同作業である。 この劇場の製作担当の方に話を聞いた事がある。 サイモンは「決めない勇気を持とう!」と言う。 これは進行を預かるものにとっては本当に大変なことである。 それでも、結果としてこのような舞台を残してくれると、参りました! と言わざるをえない。 その葛藤の中で、世田谷の製作担当者たちは追い込められ 苦しんでいるのだろう。 しかし、考え方を変えれば、あるルールにのっとって 演劇をするというシステムが出来上がってしまったこと自体が 演劇の終焉を意味するという考え方も出来るだろう。 もっと演劇は自由なものであり、 システムに組み込まれずに自由に遊戯をするように作ること、 を忘れがちになってはいないだろうか? ということをサイモンの言動によって再認識させられるのである。 そしてその自由な遊戯性から、僕たちの見たこともないようなことが行われる。 シンプルでミニマルな条件の中でも十分にそのことが行える ということがこの舞台を見て証明される。 谷崎潤一郎の「春琴抄」と「陰影礼賛」がベースになっている。 この2作品といってもひとつは小説で、ひとつは随筆であるが、 丁度同じ年に書かれたものらしい。 舞台は現代と春琴がいた明治時代とが交差するように描かれる。 現代の舞台は、京都太秦にNHK第2放送の録音ブースがあり、 そこに東京から声優の女性がやってくる。 彼女はそのブースで谷崎の「春琴抄」を朗読する。 立石涼子がその役を演じる。彼女の朗読がいい。 朗読ってこうやってするんだなと改めて思う、 と同時にヒトの声の持つチカラを感じる。 朗読の中から春琴の物語が始まる。 春琴の少女時代は、人形である。明らかに文楽である。 深津絵里が春琴の頭を持ち、動かす。 春琴の声は深津が最後まで通しで語り続ける。 中腰になりながらの演技はさぞや大変だったろう。 畳の上を歩いているように見せるのに少女の身長だと 中腰で演技せざるを得ない。 文楽のように演者が普通にたった高さで人形を使うわけででないので大変である。 畳六枚が舞台の中でいろいろなものに変容する。 廊下になり茶室になり、春琴と佐助の愛の部屋になったりするのである。 畳の造形が美しいなあと思う。 そして音楽である。三味線を中心とした音楽が舞台上で奏でられる。 春琴は三味線のお師匠さんなので当然と言えば当然なのだが、 琴の音色と唄いと時々鼓の音などがする。 幽玄の世界がそこに出現する。 ライティングは極端に抑えられている。 「陰影礼賛」そのものである。 蝋燭の光だけで舞台を作ることは、 あの広さの劇場ではなかなかに実験的なことだと思う。 その闇の中から浮かび上がる春琴と佐助の関係は、 淫靡なエロスを感じるのである。 嗜虐的な行為の中からうまれるアブノーマルで 奇妙な関係を予感させる演出である。 ときどき暴力的なシーンがある。 春琴が佐助を平手打ちしたりする。 そのとき別の演者が棒で畳を叩く。 そのパシーンという音に合わせて、春琴は平手打ちを繰り返す。 畳に棒が当たる音が音圧や音の質も含め面白かった。 これは録音してしまったら伝わるのだろうか? 極端に光を抑えた照明。 空気の震えを感じるような音の作り方。 これはまさに劇場その場にいないと再現できないものである。 そのことにサイモンは自覚的なんだろう。 それこそが演劇的なことであり、彼にとっては普通の行為なのかもしれないが、 それを忘れがちになっている僕たちにとってやはり貴重な公演であった。 世田谷パブリックシアターの製作担当者たちは、 この経験をすることによってさらなる高みへと登っていけるんじゃなか? そんな気がした。 サイモンとの共同作業は演劇という世界で非常に意味のある試みである。 ラストシーンが圧巻である。 三味線が幕に押しつぶされる。 極端なほどの大きな効果音とともに。 世界が一瞬にしてつぶれるとはこういうことなのかも知れない。
by haruharuyama
| 2008-03-13 07:23
| 舞台
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