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「写真」劇団 普通(@カフェムリウイ「屋上劇場」) 小田急線「祖師ヶ谷大蔵」駅を降りて北へ向かう。駅前にはウルトラマンの像があり、 商店街には円谷プロにまつわる旗がはためく。 そしてあの木梨憲武さんの実家の自転車屋さんである「キナシサイクル」を発見。 東宝スタジオ村の隣町とも言えるこの街はとても庶民的な感じがする。 この駅で降り立ったのは何十年ぶりだろうか? 駅から徒歩7‐8分歩いた歯医者さんがあるビルの3階の屋上に今回の劇場はある。 上演が17時半からだったので夕景の世田谷の街並みが屋上の劇場の窓越しに見える。 この日はとても風が強く、屋上テラスに設置された大きなタープのようなもの が風で大きくはためいていた。 いつもの劇団 普通の俳優の用松亮さん。 そして用松さんの姉役に後藤飛鳥さん(五反田団)、 後藤飛鳥の夫役として近藤強さん(青年団)が出演。3人だけの短編舞台! とは言え劇団普通の短編を侮ってはいけない。 以前、ユーロライブで見た「電話」は 上演時間30分ながら、ものすごいインパクトを残した作品だった。 作・演出の石黒麻衣さんは出身地でもある茨城弁の劇作をコンスタントに行っている。 何も劇的なことが起きない日常を淡々と描く。 観客はそこから自らの物語を探していく。 というような構造が劇団「普通」の舞台の最大の特徴。 茨城の片田舎の場所に引っ越して来た、近藤と後藤飛鳥夫婦。 この夫婦には子供がいないようである。 そして妻である後藤飛鳥の弟はこの場所のそんなに遠くないところに住んでいる。 この姉弟の両親は近くの老人ホームに入居している。 時々、弟の用松亮は姉の家を訪ねてくる。 何気ない会話から彼らの現実や関係性が見えてくる。 それまではなんだか、独特の間が空いたり、会話が途切れたりするような会話が続いていく。 この感じがとてもリアリティを感じさせてくれる。 途中でなにげなく発する用松亮の言葉に、ものすごい孤独を感じる。 そうした感覚が生まれてくると、劇の中に没入してしまう。 この日は劇の最初に、ものすごい風が吹いていて嵐の日に、 掘っ立て小屋に集まった3人の会話のように見えていたのが、 途中から家族の関係の会話へと私の中で変化していった。 独身のまま50代手前を迎えた男。 そしてその姉。 子供がいない姉夫婦、高齢の両親は老人ホームへ! 他人事とは思えない設定に鳥肌が立つ。 そして、しみじみとしながらお互い寄り添うように生きている現実を私たちは見せつけられ、 ある意味で戦慄する。 上演時間70分弱。10月22日まで。詳細は、以下。 http://gekidan-futsu.com/works/shashin/ (画像はHPより引用させていただきました) #
by haruharuyama
| 2023-10-20 21:51
| 舞台
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「Syn:身体感覚の新たな地平 by Rhizomatiks×ELEVENPLAY(@TOKYO NODE開館記念企画) 虎の門ヒルズ駅に直結した「虎の門ヒルズステーションタワー」が完成し開館しました! 森ビルの六本木から虎の門、麻布にかけての港区の街づくりが着々と進行しています。 この日は、所要の東京出張で1日時間が出来たので、いきつけの病院で検査をして インフルエンザの予防接種をしたあとに、この新たな施設を見に行ってみました。 館内に入るとこのイベントの動画がデジタルサイネージで上映されていました。 この日は「HONDAとSONYのmobility Show」も同時にやっていました。 案内の係の方に聞くと、8階にTOKYO NODEのエントランスがあるので そこでチケットの有無などを聞いてください!とのことでした。 行ってみると2時半からの回が空いているとのことで早速チケットを確保! 学生なので学生料金4000円で見ることが出来ました。(一般の方は8000円) 本公演は1回70分。イマーシブシアターと銘打った公演。 海外でも今ものすごく増えている「没入体験型のパフォーミングアーツ」と言えばいいのでしょうか? 有名なのはニューヨークのホテルをまるごと使った体験型演劇だったように記憶しています。 「スリープ・ノー・モア」の記事は以下でご覧になれます。 https://www.lottehotelmagazine.com/ja/art_culture_detail?no=244 この建物の45階にTOKYO NODEというイベントスペースがあり、 ここの開館記念で何か出来ないか?と森ビルの担当者が 真鍋大度さん、石橋素さん、MIKIKOさんたちと一緒になって このオープニングエキジビションを立ち上げたのではないでしょうか? このイマーシブシアターは真鍋さんたちが率いるライゾマティクスが絡んでいるだけあって、 むっちゃ、テクノロジーと身体が融合したパフォーミングアーツになっていました。 しかしながら、テクノロジーだけが優先してしまうと舞台芸術の持つ身体性が 損なわれてしまいがちになるのですが、MIKIKOさんとパフォーミング集団のELEVEN PLAYの ダンサーさんたちが24名!も参加しておられるので、 ダンサーの身体と空気感をすぐそばに感じられる公演となっていました! いくつかの場所に分かれた構成となっています。 観客はダンサーたちに促されて、スペースを移動しながら体験するというもの。 ダンサーの動きと身体を間近に見ながら、音響と照明が計算されたように変化し、 さらにはセットまでが移動します。 そこにCGなどを駆使した映像が投影されます。観客はダンサーの動き (そこにはダンサーの衣装やメイク、髪型なども付加されています)と映像、音響と、照明、 そしてセットが造り込まれた空間のど真ん中にで没入体験をします。 MIKIKOさんがELEVEN PLAYという集団を抱えているからこそ出来たことなのかも知れません。 そういう意味でも唯一無二のTOKYOイマーシブシアター体験ではないでしょうか? 開館記念なので、森ビルも気合を入れているのではないでしょうか? まったく採算度外視だと思われるこの公演。 ダンサーが毎日24名パフォーマンスをし続けるだけでも大変なことなんやと思います。 六本木ヒルズが出来た時の開館記念で森美術館でのTOKYOの展示を 思い出すような刺激的なイベントでした。 11月12日まで。詳細は、https://www.tokyonode.jp/sp/syn/ です。 #
by haruharuyama
| 2023-10-19 10:05
| 舞台
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「まさか様のお告げ」南河内万歳一座(@扇町ミュージアムキューブ CUBE01) ついに、ついにいまや伝説の劇場となった「扇町ミュージアムスクエア」という劇場の 跡地(扇町公園)の向かいに、新たな劇場「扇町ミュージアムキューブ」が完成した。 お祝いも兼ねて「こけら落とし」公演に行って来た。 扇町ミュージアムスクエアは1983年に開館して2003年に閉館した。 OMSとも呼ばれ「OMS戯曲賞」は関西の若手劇団員の登竜門のようになっていった。 そこからMONOなどを初めとする様々な劇団がメジャーになっていく今も活動を続けている。 新しい劇場は「医誠会国際総合病院」の敷地内にある。 医療とアートのスペースが同居しているのが珍しい。 扇町は梅田からも歩けるし天満や南森町からも近い。 これからこの劇場が新たな小劇場演劇の活躍の場になることを期待する。 そのために、どうキュレーションするか?が問われてくるのかも知れない。 単なる貸し小屋ではなく情報発信の場になり、演劇人などのアーティストたちが集まり 切磋琢磨する場所になって欲しい。 先日、豊岡演劇祭に行って、豊岡はもうそうなってるやん!という印象を持ったので、 扇町にも平田オリザさんのような熱意のある「人」がいれば必ず実現していけるのではないか? そんな覚悟で始めただろうと思えるような劇場の造りになっている。 扇町公園をはさんで向かいに「関テレ」が見える。 入口に「南河内万歳一座」の幟を持っている方が居て、案内されて階段で2階にあがるという形式。 もちろんエレベーターもある。 2階が受付で名前を言ってチケットをもらうと、劇場で案内をされている人に声をかけられた。 「やましたはるきさん、ですか?」私もそれを聞いて「あああああっつ」と声を。 その方は、実は豊岡演劇祭で大石家に最初に行ったときにその日の公演の準備をしていた 俳優さんであり制作をされている方だった。名前は「片山知音」さん! 名前を憶えてくれていて声をかけていただいた。二人ともマスクをしているので、 名前を呼ばれなかったらこんな再開はなかったかも知れない。 こけら落とし初日ということで開場が遅れる。 この劇場には映画の上映スペースや小さな劇場もあり合計3つの基本的な劇場で運営するという感じ。 以下引用すると、250席、100席、50席の3つの劇場。演劇・ダンス・音楽などの舞台芸術から、 上映会・講演会・展示イベントまで専門的な機材も揃い様々な表現に挑戦できる劇場空間。とある。 南河内万歳一座を見るのは何年ぶりだろう?東京公演を見た記憶がある。 唯一このブログで残っていたのが「青木さん家の奥さん」というもの。 内藤裕敬さんの戯曲を平田オリザさんが演出するというものだった。 詳細は、https://haruharuy.exblog.jp/11943738/ 見て、南河内万歳一座って言うのに「河内弁とちゃうんか?」ということに最初驚いた。 そういえば大阪芸大のメンバーで始まった「劇団☆新感線」も大阪弁やなかったな!?と思い出す。 私が演劇を見始めたのが1981年。大学に入学してから。 南河内万歳一座は1980年から活動をしている。 「劇団☆新感線」を見たのがたぶん1982年の頃だったと思う。 オレンジホールという梅田の劇場だった。それを見て私はカンゲキ(観劇)の世界にはまっていった。 それから40数年の歳月が経った。 そして今でも演劇をこうして見させていただき、内藤さんは南河内万歳一座をやっている。 本作はこの「こけら落とし公演」のために書き下ろされたのか? 15人の俳優が登場する群像劇と言うのか?コロス的な手法が中心となった、仕立て。 なので俳優たちが口々に言葉を発し、それらの言葉を観客が組み立てて彼らの人生を考え、 想像するというもの。 ストリー仕立ての芝居ではないので、やや難しくて何をやっているんやろ! と戸惑う人たちもいるかもしれない。しかし、徐々にその世界に慣れていく。 大きく分けて三つの世代が描かれる。 私と同じようなバブル経験逃げ切り世代と揶揄される60歳前後の人たち。 ここでは60歳の定年手前という設定。 そして団塊ジュニア世代ではないかの非正規雇用となってしまった失われた世代。 もう、その世代も40歳代になっている。 この世代はゆとり世代に含まれるのか? そして若手のZ世代の面々。コスプレが普通になりドンキで衣装を買ってその姿で登場しているという体。 さらに30代だろうか?のカップルが居る。 男は60歳世代の女性の息子。 世代によっていろんな問題を抱えながら進んで行くというRPGのような仕立て。 梅図かずおさんの漫画に「漂流教室」というのがあったが、 それを髣髴とさせるオープニング。しかし、その場所は教室ではなく「病院」。 この劇場自体が病院の敷地内に建っているところからの連想だろうか? こうした設定はある種のリアリティを生んで面白い! 病院は列車になり船になりいろんな世代が一緒に漂流していく。 まさに今の私たちの姿を象徴しているような姿。 逃げ切り世代が残してしまった多くの課題を何とかしなければ次の世代に申し訳がない! と内藤さんはそんな思いでこれを書き上げたのか?どうなんやろ? 戯曲の奥に隠されたテーマが重くて深いのだが、それが観客に伝わるか? そのためには、俳優たちの圧倒的な演技力が求められる!そこに果敢に挑戦した意欲作でもある。 こけら落とし公演らしい意欲作公演は、上演時間2時間弱。10月9日まで! 年配俳優の荒谷清水がいい! そして、オーディションで選ばれた大阪芸大舞台芸術学科を3月に卒業した、 桶本京香(創造Street)に華がある。
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by haruharuyama
| 2023-10-06 08:14
| 舞台
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「KOTATSU」こまばアゴラ劇場国際演劇交流プロジェクト2023 豊岡演劇祭2023(@江原河畔劇場) 豊岡から駅で2駅の江原駅から徒歩数分のまさに河畔にこの江原河畔劇場はあった。 元、何かの倉庫だったのだろうか?をリノベーションして劇場にしたような感じ。 とても洒落ている。 テート美術館やオルセー美術館、バルセロナのピカソ美術館のように古い建築物を そのままにしてきれいに改装して再利用する。 しかも芸術の発信基地として再生されている。 この街に住んでいる人にとって、とても名誉なことではないでしょうか? また、香川県の直島のように町全体がアートタウンになっていくという事例もあり、 この国がどんどん文化的に成熟して来ているのでは? この劇場は100数十人くらいのキャパ。 東京で言うと吉祥寺シアターとかシアタートラム、そして、大阪だとABCホールくらいの印象。 天井高は高くはないが、それでも十分いろんなことが出来そう! いちばん驚いたのは完全暗転で真っ暗闇になること。 そして防音が施され、特に空調の音がまったくしない構造になっていたことに驚いた! こうした目に見えないところのインフラをきちんとすることが 演劇を日々行っている人が創った劇場やなということを実感させてくれる。 本作は作・演出:パスカル・ランベール、共同演出・日本語監修:平田オリザ、 という日仏の共同制作。二人とも1962年生まれらしい。 実は、私も1962年生まれなんですが、還暦を迎えても頑張っている姿を見て 自分も頑張らなあかんな!と自省する。 青年団の俳優たちが総勢10名出演している。 本作は俳優の名前そのままで登場している。 美しい美術。 舞台美術:濱崎賢二(青年団)。真ん中に八畳の和室。 そこには大きな長方形のコタツが置かれている。その左右の部屋は6畳の和室。 三つの部屋の奥は畳敷きの廊下になっている。 舞台の左右と奥は障子で覆われている。天井は昔の日本家屋のように低い。 そして昔の日本家屋のように桟までの高さも低い。 天井には乳白のアクリルが一面に配置されてそれを通して光が差し込む。 美しい闇を活かした照明。障子越しに薄っすらと差し込む光は まさに谷崎潤一郎の「陰影礼賛」のよう。 これを見て、以前、世田谷パブリックシアターで見た「春琴」の舞台を思い出した。 あの舞台の演出は外国人演出家のサイモン・マクバーニー(英国出身)だった。 その、2013年公演のことは以下に https://haruharuy.exblog.jp/20196645/ 光を捉える感覚というのがいろんな国で違うのはとても面白い! そして本作には国籍が違う人たちが登場する。 ウズベキスタン(?)出身のカミーラさんと在日の申瑞季さん。 舞台は以下のような感じで始まる。 この家の主の太田宏(グローバルに展開する建築会社、東京建設株式会社の代表取締役社長)が 暗い部屋にやって来て、うっすらと朝日が昇る前の薄暗い早朝。 一番上手の六畳間で煙草を吸う。 (本作では煙草を吸うシーンが何度も出て来る。劇場にはマスクが置かれていた) 上手から障子越しに柔らかい光が差し込んでくる。 時々スマホを見る主人。 着物姿で座布団に座り、畳の上に置かれた煙草盆に時々吸い終わった煙草を消し入れる。 この日は元旦の早朝。 実は少し前にこの建築会社の資材を使った足場がインドネシアの現場で崩壊し 作業員が亡くなったという事故があった。 直接の原因ではないが、そのことについて会社としてどのように対応していくのかが、 明らかにされないまま何日かが過ぎて行った。 その間に世間がその対応を問題視して匿名のSNSでこの会社や代表に向けての誹謗中傷が 大量に発信されるようになった。 会社としても何とかこの問題に対応しないといけないという状況のまま大晦日を超えて元旦が来てしまった。 この建設会社は祖父が創業した会社で太田宏は三代目になる。 二代目の時には二百人くらいが働いている日本のドメスティックな建設会社だった。 宏が社長になってグローバル化を進めていく。 それが時流に乗り経営も上手く行ったのだろう! いまや東京建設は数万人規模のグローバルカンパニーとなった。 しかし、経営サイドは今も昔と変わらない同族経営が続いており 長男の宏が代表取締役社長、そして、末っ子の友里(荻野友里)が人事部長。 姉の公美(兵頭公美)がNY在住で、不動産流通事業部長。 息子の一生(森一生)がコミュニティ・マネージャーの仕事をしている。 「企業倫理」という言葉がある。さらには「ガバナンス経営」などと言う言葉も。 企業がますます社会に開かれるべき時代となり経営サイドはそれに対応しなければならない。 特にグローバル化した企業はとにかく開かれた形でステークホルダーの方々に 情報を届けることが求められている。 この会社は今回の危機をきっかけにそうした変化をしていかなければならないという 現実を突きつけられている。 このかなり困難な状況と お正月の元旦に家族や親戚が集まって食卓を囲むという状況が対比的に描かれる。 会話を通して登場人物の人間関係が見えてくる。 そこから観客は物語を紡いでいく。 お正月だけあってNYから戻って来た公美以外の家族はみんな着物を着ている。 宏の娘の愛(名古屋愛)は振り袖姿。(東葛スポーツでの名古屋さんとまったく印象が違う。) 彼女はフランス語を選考していてもうすぐフランスに留学をする。 劇中でボーボワールの詩が紹介される。 会話の中で不穏な空気が流れたりするのだが、この国の伝統、いやこの家のと言う方が正しいかもしれない、 の元日の習慣が粛々と進んでいく。 お屠蘇をいただき、そして雑煮とおせち料理を食べる。 美しい着物と、美しい食器や器、そして実際の料理など。 谷崎潤一郎や市川崑が好んだような世界が描かれる。 映画「細雪」を髣髴とするような美しい世界。 そして、この舞台で特徴的なのは二人の外国人としての視点が描かれること。 しかも、2人とも日本とウズベキスタン、あるいは日本と朝鮮のどちらでもないとう 根なし草的な感覚も含めての様子が描かれるのがとてもリアルだった。 その多様な視点がこの舞台をとても豊かにしてくれる。 彼らの台詞から見えてくる日本人の日本的経営のいいところ。を再認識させられる。 新自由主義的な考え方が終焉を迎えつつあると多くの人が感じ初めている時代に、 新たな、価値をどう醸成していくのか? 日本的経営の良さが再認識させられることもあるのかも知れない。 それは人と人をつなぐものなのだろうか? ただし、今の時代は、それを言葉にして広く回りに発信していかなければいけない! そんな時代だからこそこの舞台は生まれたんだろうな!と納得する。 個人的にとても印象に残ったのがウズベキスタン人のカミーラが宏社長に向かって語る言葉。 日本人はこうしたことをわざわざ言葉にして言わなかった民族なのかもしれない! しかし、彼女の言葉を聴いていると、こうして言語化して共有し直接伝えることの大切さに気付かせてくれる。 人と人を結ぶのは人しかいないし、それを普通に伝えあうことで拡がっていくことがある。 最も大変な時期に、そばで寄り添い声をかけはげます。 それだけで人は救われるのではないだろうか? そんなことを教えてくれる。 観客席は満席。 シーンとした静寂の中で張り詰めた緊張の糸が見えてくるような舞台だった。 そして、ときどき、その糸が和らぎみんなの間に寄り添って絡み合っていく。 信頼という名のもとに。 こんな、時代の変化を予感するような演劇が兵庫県の辺境のこの劇場から発信されることの面白さ! 上演時間2時間20分休憩なし。美術・照明・衣装・小道具を見るだけでも価値があるのでは? 10月13日~15日まで東京のシアタートラムで公演が行われるそうです! #
by haruharuyama
| 2023-09-19 08:27
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「バナナの花は食べられる」範宙遊泳 豊岡演劇祭2023(@芸術文化観光専門職大学 静思堂シアター) 本作は2021年に初演が上演されて、岸田國士戯曲賞を受賞した。 そして、今年の2023年再演が決まった。 今年、最初に公演が行われたのが神奈川芸術劇場KAAT中スタジオだった。 7月末から8月にかけての本公演はとても評判が良く演劇ファンの中で話題になっていた。 私は、この時期は大阪に居たので行くことが出来ず、豊岡演劇祭のチケットが取れたら行こう! ということで今回、やっと見る事が出来ました! 物語の詳細やあらすじに関しては以下の記事などをご覧ください! https://www.hanchuyuei2017.com/banana23 https://engekisengen.com/genre/play/61300/
ここで描かれているのは2017年から現在までのこと。 SNSでつながって集まった男女、行き場のないような若者たちが集まって 自らのどうしようもなさと向き合っていくという、まさに救いがないような世界。 範宙遊泳はディストピア的な世界を描くと言われている。 そうした枠にはめて物事を捉えるの事もいいのだが、 その言葉に捕らわれないで見ると言うことも大切。 青年団の舞台を見て「ああ、静かな演劇ね。」とだけいう人に違和感を持つのは私だけ? ただ分類だけして、思考停止してしまったら元も子もない。 毎回、舞台は違うし、別にジャンルを分けてください!と誰も頼んでいる人はいない! 研究をするということになると、その相対化は必要なのだろうか? 今も「KPI」(何でもいいんですが)などと言う言葉などが良く使われているが、 そうした流行り言葉になってしまうと物事の本質を見失ってしまうのではないか? 昨今の芸能界などの報道を見てもそう思う。 表層の現象だけを見るのではなく、何故それが起きてしまったのか? ということに立ち還って見る事を演劇は毎回教えてくれる。 そして、本作は、私が以前見た、範宙遊泳の舞台とはまったく違う印象を残した。 私が以前、見たものはこちらです! https://haruharuy.exblog.jp/30191364/ https://haruharuy.exblog.jp/30392308/ コロナ禍になってうつうつとした状態で作・演出の山本卓卓が考え感じたことが ここでの俳優たちの言葉になっているのか? それは岸田戯曲賞のKERAさんの選評の 「凄まじく過剰な言葉の洪水は一見取り止めもないが、書き手は、今描いていることが 己の内部でどこに定位するのかを、しっかりと認識している。」とかがヒントになるかも。 そして野田秀樹さんも書かれていたように文章の調子がいい! セリフをとめどなく紡いで行けるという才能に拍手。 本人はそれどころじゃなかったのかも知れないが、 観客に苦労、呻吟していることを微塵も感じさせない という創作の努力は並大抵のものではないだろう! マッチングアプリで出会った33歳の男と34歳の男。 彼らの仲間にデリヘル嬢をやっていた女性が加わる。 さらには、デリヘルを運営していた男が。 また、過去に人生がぐちゃぐちゃになってアルコール依存症になった女性なども登場する。 彼らの関係が、年代が前後して描かれる。 観客はそれを見ながら彼らの数年の物語を組み立てていく。 さらには、過去に何があったのか?舞台では語られない物語を想像させてくれる。 本作で最も特徴的なのは、彼らの語り。 自省的な台詞やモノローグ的な言葉、その場で相手に伝えることば。 さらには言葉にならない言葉。 俳優たちの身体を通してあらゆる言葉たちが私たちに投げかけられてくる。 私たちはそれを受け止め、笑ったり呆然としたり涙したりする。 それが繰り返され、その波がだんだんと大きくなっていく。 クレッシェンドのようにだんだん、だんだんと大きくなってくる。 そこには山本卓卓の何だかわからないけど「魂の叫び」みたいなものがあるのではないだろうか? その感覚が、若く今っぽいと感じる。 還暦を過ぎた私のようなおっさんが「今っぽい」とか「若い」と言っても 何の説得力もないかも知れないが、そう感じられる何かがあるのだ。 会場は満席!芸術文化観光専門職大学の学生さんたちはじめ本当に若い人ばかりだった。 妻にこの劇場で私が最高齢ではないか?と言われた。確かに。 芸術文化観光専門職大学の中にある静思堂ホールは素晴らしかった。 KAATの大・中スタジオにも、吉祥寺シアターにも似たような造り。 駒場アゴラを3倍くらい大きくした感じとも言える。 そして範宙遊泳の特徴でもある音響効果が、この劇場では最大限に活かすことが出来ている。 ほんま、この劇場には演劇創作への愛が劇場運営ノウハウとともに詰め込まれているような気がした。 途中の舞台の休憩時に学生と思われる男の子二人が、 この豊岡でこんなレベルの高い芝居が見られるなんて、豊岡演劇祭すごい! と語っていた言葉が忘れられない! ここでの体験や教育が十数年後何らかの形で「花」が開いていくのではないか? その「花」の種をまく場所として こうした場所が出来たことに感謝します。 来年も来るでええ!豊岡演劇祭! #
by haruharuyama
| 2023-09-18 10:50
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