柳家小三治と言えば、東京の噺家として談志と並び称される方である。
以前、中野のZEROホールでの公演を見たのが初めての小三治体験だった。
もう5年以上前になるだろう。
CMディレクターのQさんが僕の仕事でロケハンに行かなければならなくなり、
日本に居残る僕がそのチケットを譲り受けたのだった。
小三治の落語などそれまで聞いたことがなく。
「まくら」が面白い噺家さんであるということだけを聞いて行った。
僕の落語聴きの師匠であるKさんと一緒に行った。
でかいホールは満席だった。
身体の調子が本調子でなく、地元からここまでやってきた話を延々と聞いた。
落語ファンが一体となり小三治の噺に耳を傾けるのを体験した僕は、
落語ってすごいんだと思った。
そのときは、落語は実は面白い!落語は芸術である!落語は人間の「業」を描いたものなんだ!
みたいな言葉や、そもそも古典落語などをほとんど知らなかった。
子供のころにTVなどで見た落語と、
学生時代に唯一通った桂三枝師匠の落語だけが
僕の知っている落語のほとんどすべてだった。
このあと、徐々に落語を見る機会が増えた。
今回のこの「小三治」というドキュメンタリー映画も
Kさんから教えてもらったもの。
シネマート六本木で上映されることになり行ってみた。
小三治は先日NHKの「プロフェッショナル」に出ていたのを覚えている。
今もDVDに保存して大切に置いてある。
そういった番組と映画館で流れるドキュメンタリーフィルムの大きな違いは
ナレーションの量のような気がしてならない。
映画館でのそれはナレーションの量が少なく、
テレビで流されるそれはナレーションの量が多い。
短時間で理解させわかりやすく説明し、
考える間を与えなくても済むコンテンツ。
それがテレビというメディアの特徴なんだろうなと思った。
その逆のことが出来るのがドキュメンタリー映画のいいところである。
まず時間の制約がない。
たっぷりと90分以上小三治に浸れる。
その時間も製作者次第でいかようにもなる。
この映画の見せ場は小三治が「鰍沢」を演るところなのだろう。
フィルムで撮影されしかも編集されたものを見ていても
その噺の怖さと面白さが伝わってきた。
実際にその現場で見てみたいと思った。
そして、もうひとつ印象に残ったのが、柳家三三の真打ち披露興行での口上。
三三のことを語りながら落語のことを語っている。
落語のことを語ることは生きるということを語ることである、
と映画を見て思った。
柳家小三治はおしゃれな男である。
高座を降りてからの私服のスタイルが独特で格好いい。
小三治スタイルというようなものが出来ている。
それが洒落ている。
自分に似合うスタイルを貫き通すということの意味がそこから見えてくる。
歳をとるということもなかなかいいものだなとこのフィルムを見て改めて思った。
とともに、なかなかチケットの取れない小三治独演会にまた行ってみたいなと思った。