1年に1回の銀座での志の輔独演会。
この独演会は、東京音協主催公演でなぜかチケットが取れやすい。
コンサートなどを広く手掛けているところなので
電話をかけても複数の人数で受け答えがされているのか
何度目かの電話でつながりチケットを取ることが出来た。
といっても二階席の後方だったが。
昨年の公演の時は北京オリンピックの前に、聖火リレーとフリーチベット問題で、
善光寺がルート変更をしたというようなマクラを聞いたことを思い出す。
前座は、立川めんそーれ。
沖縄出身のめんそーれは名前に「志」の字が入っていない
志の輔師匠の唯一の弟子である、というトホホなマクラから「金明竹」。
上方言葉で難しい長台詞を喋る。
意味がわからないで混乱する与太郎たちの応対が笑いに変わる。
志の輔登場。新作落語の「異議なし」。
これは、マンションに防犯カメラを設置しよかどうしようかという
総戸数13戸のマンション自治会の会合でのお話。
会長宅に計四人の住人が集まってくだらない会話をするという、まるで長屋話。
そのくだらないアイデアと発想に、思わず笑いが起きる。
仲入り後、草薙くんの事件から、身に覚えのある人がこの会場にもたくさんいるのではないか?
という話から、結局、SMAPだったか、そうじゃないか。というところが
今回の問題の大きな分かれ目だったのだろうという話になり。
有名人は大変だなあと思いながら聴いていた。
僕がその張本人だったとしたらまったくなんの
問題もなく過ぎ去っていってしまった日常なのだろうな?とも思った。
しかし、47歳のおじさんが全裸で騒いでいたら
ちょっと面白いなあという自分もいる。
全裸になるときまでちゃんと服を畳んでいたという
草薙くんの姿にある種のさわやかさを感じた。
記者会見で誠実な人柄があふれ出ていたという言葉にぐっと来た。
本人が考えた言葉で誠実に語ることがテレビ画面を通じて溢れ出るということ。
つくろった言葉でなくても、その誠実さというものは見えてくるのだということを改めて確認した。
そこから正直ものが苦労するお話に。
「井戸の茶碗」である。
多少、強引だったり、ご都合主義な展開がある噺を、
くず屋の描き方を志の輔は工夫して新たな右往左往する。
その間に立たされた正直ものの悲哀が面白く描けている。
これはなかなかに、現代的である。
ある種の代理業や中間管理職の悲哀がそこに描かれる。
この話がすがすがしいのはやりとりされているお金を
決して誰もひとり占めしようと思わないことである。
ウォール街で金融工学を駆使して
複雑な金融商品を作って独占した金儲けをしようとした
投資ファンドの経営者の人々に、是非この落語を見てほしいものだと思った。
いまの時代と「井戸の茶碗」との関係が面白い。
そして、この話はある種シンデレラのようなおとぎ話でもあるなと思った。
ディズニー的などというと、真の落語ファンにボコボコにされそうであるが、
50年代に作られていたディズニー或いはハリウッド映画の
思想みたいなものをここに見たような気がした。
そりゃ、考えすぎ?