当日券が抽選と聞く。
1時間前に集まって数少ないチケットをくじを引くように引いていく。
この日は21人の当日券を求める客が並んでいた。
当日券で用意出来るのは二枚。
キャンセル待ちが数枚出るだろうということで今回の倍率は約4-5倍。
くじ運の悪い僕は、その時点で既にあきらめていた。
すると何と引き当てた札が「二番」と書かれてあった!
芝居の神様が見せてくれようと思ったのか?
入場料も結構な金額9450円を支払う。
しかし、その金額以上の、いや、ありあまるほどの素敵な舞台だった。
今年は井上ひさしが亡くなったこともあり
追悼の公演なども含めて井上戯曲の上演がとても多い。
しかも、どの公演も人気でいつもチケットは売り切れの満席!
新国立劇場の三部作などは、結局一度も見ることはできなかった。
そういえば、あの時は僕の直前の人たちまでが
舞台を見ることが出来たんだったなと思いだした。
その時に新国立劇場に設置してあった、
井上さんへの追悼の言葉を書いて投函し帰ったことを思い出す。
本作は江戸時代末期から明治維新初期にかけての物語、
柳橋にある二八蕎麦屋さんが舞台である。キャストがいい。
そこのおかみに熊谷真美。彼女はおばあさんとお姉さんの
二役を演じているので舞台に出っぱなし。
しかもセリフ量が多いので声が枯れていた。大変。
舞台自体も長丁場、この舞台は音楽劇でもないのに1
5分の休憩を入れて3時間半。俳優の労力も大変なもの。
藤原竜也はむちゃむちゃ上手い。彼の若さとやんちゃさと
対比されるように吉田鋼太郎が戯作者の河竹黙阿弥を演じている。
この戯作者に井上ひさしは自分を投影させているかのように
思えて仕方がなかった。
この舞台のチラシにいいことが書いてあった。
「この芝居には、今の時代のことすべてが詰まっている。
そして、日本語の美しさ、面白さの財産目録にもなっている。
それを栗山民也さんの演出で多くの方にごらんいただきたい。
この作品が自作初日の中でとりわけ思い出深い」
と。実は、本作品は井上ひさしの新作を上演する筈だったと聞く。
しかし、井上さんが病に倒れ絶筆してしまったので
それがかなわなかったそうである。
井上ひさしの有名な芝居を語った言葉に
「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことを面白く」というのがある。
まさにこの舞台はそれがきちんと反映されている。
井上ひさしの移し鏡である、黙阿弥の言葉にその信念が現れる。
「わたしは、見に来ている人たちがどうしても見たいと思えるものを書いていきたい。
観客の気持ちを忘れてしまってはいけません。」
適切な言葉の選択が間違っているかもしれないが
意味はこのようなことを語っていた。
井上ひさしの強い意志みたいなものを感じた。
蕎麦屋に置き捨てられた捨て子のオセンちゃん(内田慈)を
そこに集まる人が株主となって未来へ投資するためにお金を株分けしていく。
出世したらその株が何倍にもなって戻ってくる。
その株には人の未来を幸せにするものがある。
銀行さんが出来たのもそうしたことがあったから。
銀行という方法をただ文明開化だからと言って真似るのではなくて、
脳に汗をかいてどうしても必要だ!あった方がいい!
と考えたから銀行というものが出来た。
この舞台はそうしたお金の経済の理想をわかりやすく、しかも深く、
そして面白く語ってくれている。
北村有起哉、大鷹明良、松田洋治、ピアニストとして朴勝哲が出演している。