明らかに野田秀樹が芸術監督になって
公演内容が変わったと思われる、この東京芸術劇場。
こうした若手の公演がたくさん行われるようになった。
新たな試みをしたいものたちに
こうした公共劇場がチャンスを与え続けるというのがいい。
先日、読んだ栗山民也の「演出家の仕事」の一節がまた思い出される。
ヨーロッパでは、生活の公共空間として絶対に必要なものを、
病院、学校、劇場の三つの基本と考えていると聞きました。
三つとも人間の命を扱う場所だからです。
この示唆に満ちた言葉は
日本では、なかなか理解されないのかも知れない。
だって「劇場」が命を扱う場所と言えるのか?
と最初は誰もが思うだろう。
しかし、この言葉が理解されるような社会や都市を
目指すことは、芸術家の一つの重要な目標となるだろう。
本作は「柿喰う客」の5周年記念公演。
傘の上のような舞台セット。
水平な場所はまったくなく俳優はその上で演技をしなければならない。
明らかに俳優の身体に負荷がかかる。
そこできびきびと動き。
歌舞伎をデフォルメしたかのような
大きな動きに合わせて明らかに不自然とも思えるような発声
や立ち方でセリフをしゃべっていく。
「柿喰う客」らしいなと思う。
俳優がいつも良くあそこまでやってくれるなと感心する。
公演が終わるたびにへとへとになるだろう。
家族の話が描かれる。
母親(七味まゆ味)とおばあちゃん(死んだ姉と二役)(深谷由梨香)
息子で受験生である少年(村上誠基)と女性警察官(刑事)(コロ)
そして父親(玉置玲央)が出てくる。
話がファンタジーのようでもある。
荒唐無稽な物語。
人間の怖さがそこからあぶりだされる。
狂気を秘めた家族関係を描いた舞台と言ってもいいのだろうか?
というのも何不自由なく育った金持ちの家族だけに
ちょっとしたストレスを感じるとすぐにそのショックで死んでしまうというもの。
ウツになる人がものすごく増えている現在を
デフォルメしているか?
いまの時代が何不自由ない時代なので、
その時代から現れ出る不自由なことが見えてくる
という逆説的な構図となっている。
しかし、ストーリーもさておき、
面白いのは、やはり中屋敷の演出であり、俳優の動きである。
何不自由ない環境から出て来た
自由な舞台づくりみたいなものがここには確かにある。
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