今日は、阪神淡路大震災から16年になる。
あの日、自分が何をしていたのかはいまだに鮮明に覚えている。
鶴見のスタジオで撮影があるので
車でスタジオに向かっていた。
FMラジオの放送がどうも妙だなと思って
良く聞いていたら関西方面で大きな地震が起きたと!
そのころは携帯電話がまだ普及していなかったので
会社に立ち寄って自宅に安否の電話をかけた。
幸い時間が早かったこともあり大阪の実家には
すぐにつながって無事であることだけは確認できた。
午前10時を過ぎるとほぼ電話がつながらなくなった。
昨年の同日、放送された番組が2つ記憶に残っている。
ひとつは神戸在住の画家、石井一男を取り上げた「情熱大陸」。
震災を過ぎてもその街に住み続け質素ながらも芸術と向き合う日々を
描いた秀作。あの番組DVDになるか再放送をしてくれないでしょうか?
もうひとつは昨年、同日放送された
NHKのドキュメントドラマ「その街のこども」。
西宮出身の脚本家、渡辺あやの手になるそれは
フィクションかノンフィクションかわからなくなるようなドラマだった。
佐藤江梨子と森山未来が出演している。
彼らはともに阪神間の出身で16年前に震災を経験しているのだった。
このドラマは嬉しいことに映画化され、現在映画館で上映されている。
「その街のこども・劇場版」!
また、先週、個人的にとても印象的なことがあった。
横澤彪プロデューサーの死である。
東京に就職で出てきて小劇場の舞台を見始めた頃、
「おれたちひょうきん族」は伝説的な番組だった。
作り手のパワーと作ることを楽しんでいる雰囲気が
画面を通じて伝わってきた。
懺悔のコーナーでは横澤さん本人が神父の役で登場していた。
小劇場の芝居を見に行くとかなりの確率で横澤彪さんの姿を
見ることがあった。
新宿のタイニイアリスという本当に小さな小屋での
「自転車キンクリート」の公演で見かけたときは
こんな小さな小屋にまで来るのか!と驚いた記憶がある。
そのころはまだプロデューサーにもなっていない僕は
優れたプロデューサーとはこうして新たな面白いものを
探し続けることをされているんだな!と感心した。
それから僕は意識的にこうした催しものに足を運ぼうと思った。
あれから半世紀が過ぎ、相変わらず舞台に通っている。
横澤さんの姿を見たのはバブルの前段階だったが
あの後もいろいろな舞台をご覧になっていたのだろうか?
フジテレビを退社され、吉本興行に移られいくつかの
書籍を出版され、リンパ腫瘍とつきあいながらフリーランスとして
最期まで活動されていた姿が思い出される。
横澤彪とは、それくらい僕にとっては
ある指針となるべきプロデューサーの姿だった。