小野寺修二が「水と油」解散後に立ちあげたのが、
このカンパニーデラシネラ。
先日「空白に落ちた男」の再演をパルコ劇場で見て、
その想像力の逞しさと動きの面白さに驚いた。
今回の公演も2009年の公演の再演版である。
開演前に小野寺修二が舞台に上がって挨拶をした
「東北関東大震災で被災された方々のことを思いながら、
本日は懸命にやっていきます。」と。
ある種の決意表明のようでもあった。
今回の震災に対して、想像力を働かせよう!と多くの人が言っている。
今は、被災した人に思いを馳せそれを想像し続けること。
そのことが、いまわたしたちに出来ることなのでは?
ということを糸井重里さんや弊社のM社長が語っていた。
電車の移動中はひたすらi-phoneなどで
ツイッターのTLを見ながらみんなの言葉を探している。
自分も不安なのだ。
言葉だけでも、つながっていたい、と思う。
演劇は、観客の想像力と制作者(俳優や作家、演出家など)の創造力が
掛け算されて初めて成立するものだと思う。
そのためには見ている方も懸命に見なければならない。
想像力を目いっぱい働かせて見ることは、
結局は人間的な幅を広げることが出来ると信じている。
そして、そのチカラは、今回のような哀しい事実に対して
真摯に向き合えるチカラに転化していけるのではないか?と。
ダンスパフォーマンス系の藤田桃子や佐藤亮介、
そして劇団系の俳優、中山祐一郎(阿佐ヶ谷スパイダース)宮下今日子と
主宰の小野寺修二という5人の構成。
ある女(宮下)が職安の係の男(中山)に依頼をするところから
この舞台は始まる。
「あの人を殺してください」
と。無理難題を押し付けられた男のワンダーランドが始まる。
舞台は縦横無尽に変化する。まさに想像力の世界。
小野寺の演出は多分に映像的である。
ハイスピード撮影でのスローモーション的なショットがいくつか出てくる。
もちろん舞台なので俳優たちの動きが
意図的にゆっくりと行われその時に移動したり浮遊したりするものは
俳優たちがそれらを手でもってゆっくりと動かすのだ。
円形の舞台には全面に芝が貼られている。
これが様々な効果を出す。小道具の使い方も面白い。
ミニチュアの車。ヘッドライトにはLED電球が仕込まれ明るく光を放つ車が移動する。
映画だと車で犯人を探している男の移動シーンだろうか。
暗く落とされた照明の下ヘッドライトを点けた車がハイウェイを走る。
ハイウェイは分割式になっていてどんどんと先に
そのハイウェイがつながれる。
俳優たちがその道路をつなげていく。
ハイウェイの高さも縦横無尽に変化する。
車がトンネルに入って出てくるとその車の大きさが何分の一かに小さくなる。
車が小さくなることによって相対的に芝の舞台が大草原のように見えてくる。
その広大な草原を走る車。
中山が車についたテグスをひっぱっているだけなのだが、
そこに音楽が入りとても劇的なシーンとなる。
こうした事例の積み重ね。
パントマイムを主体としており動きと表情だけで見せていく。
ときどきセリフが入る。
小学生だろう女の子が
宮下のCA(キャビンアテンダント)のセリフの
「かしーこまりましたー」に反応していた。
ケラケラと笑う。
そういう意外な反応が感じられるのも
みんなが一緒に見ることの楽しいところ。
映画「ハリーの災難」のイメージなど50年代の
西洋の映画などの印象が見えるシーンがいくつも見えて来た。
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