アンデルセンの名作童話に「マッチ売りの少女」というのがある。
これはみんな知っている。
マッチを街かどで売る、少女がマッチを擦っている間に
幻想を見るという話。
別役実は「マッチ売りの少女たち」と複数形で
逞しいマッチ売りの少女たちを登場させた。
マッチを擦っている間、
少女はスカートをたくしあげてスカートの中を見せる。
そんな商売が実際にイタリアであったというような話を、
別役実さんがおっしゃっていた。
そうして生きているマッチ売りの少女たち。
彼女たちは戦後の焼け跡の復興の現場の印象を色濃く残している。
キャスティングがいい。
マッチ売りの少女たちは、木引優子、荻野友里、鄭亜美。
三人三様で個性があって可愛くて面白い。
彼女たちが普通に生活をしている日常の中にやってくる。
初老の男(篠塚祥司)とその妻(大崎由利子)が生活している部屋に突然と。
平田オリザが別役さんとの対談の時に語っていた
妄想の話が忘れられない。
この初老の夫婦がアメリカであり、
その平穏の中に突然飛び込んできたマッチ売りの少女たちは日本である。
そして、マッチ売りの少女の弟(山本雅幸)が沖縄である。
と。
そう思ってしまうとその妄想から逃れられなくなるのが
演出家なんですとおっしゃっていた。
平穏だと思っている日常も予期せぬ出来事によって
まったく違うものに変化する。
「無常観」と別役さんはおっしゃっていたが、
まさに「常ならず」ということを今回の震災でも実感した。
いきなり少女たちが飛び込んできて初老の夫婦が右往左往するシーンは
まさに被害にあった人々のよう。
でも初老の夫婦はそれを受け入れながら何とか生きて行こうとする。
もちろん不条理な要求や問いかけもある。
そういったときには多少口調が荒くなったり大声になったりするが、
それがこの初老の夫婦たちが現実と真正面から
向き合って行こうとしている姿につながる。
妻の大崎由利子の応対がいい。
しなやかに現実を受け入れながら困ったことに対しては。
「あら困ったわ。」
みたいなことを返しつつ、淡々と受け入れ対応していく。
来たものにはお茶を出し、菓子を提供する。
目の前のものにただ向き合う。
平田は、1997年、青山円形劇場でのこの舞台の初演時に
大崎由利子にこの役をお願いしようとしていたのだが、
大崎の夫である金杉忠男さんに癌が見つかって
看病のために降板されることになったそうである。
それから14年経って再演の機会があれば、
大崎さんにもう一度お願いしようと
思っていたことが今回実現したそうである。
十数年のスパンで人と付き合っていける、
というのも演劇の持つ大きな特徴であり
今後の日本を支える新たな力とし再発見されるのではないか?と思う。
非効率的なモノづくりの作業の中から見えてくるものがある。
別役実の不条理劇は、わけのわからない可笑しさがあり、
その中に隠されているシビアなものが見えてくる。
被爆四世の話も印象に残った。
被爆四世なのでもちろん身体にケロイドなどはない。
被爆地で米軍などを相手にケロイドを見せていた、
ひいおじいちゃんの意思を継ぐべく彼は何もない裸の背中を見せ続ける。
思いは視覚化出来ない。
しかし、思いは確かにそこに存在する。
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