ずいぶん、舞台を見ていなかった。
久しぶりに見ると、心にしみいって来た。
芸術表現の持つ素晴らしさを感じた。
いかなるときでもこうした表現行為はなされるべきである。
それが何人かを確実に救うことが出来るから。
震災後の今さらにその想いを強くする。
今回は、前作「お買いもの」(@駅前劇場)に続く、新作。
東京タンバリンは作風が毎回変わる。
趣向が毎回違い、その違いを楽しめるというのもポイントになる。
テイストが固定している劇団や劇作家というのが大半の中で
毎回新たなスタイルを模索していく高井浩子のパワーは並大抵なことじゃない。
「ロマン」というタイトルは、人が誰でも持っている希望みたいなものをあらわしている
。今回の主人公は小説家志望の青年(扇田拓也)。
この青年は演劇評論家の扇田昭彦の息子であるという。
顔が全然似ていないので親子といわれてもピンとこなかったが、
俳優としては味がある。
彼のこの舞台での運動量は並大抵じゃない。
舞台は三鷹の大きなホールを上手に使った
宝塚の大階段のようになった舞台。
そこに橋懸り的な通路や下部にはトンネル状になった
開口部が作られている。
スタイリッシュで品のいい感じというのは
東京タンバリンをいくつかみてきて特徴的だと思った。
そういった部分は高井浩子そのものが反映されてくるのだろう。
大きな階段を使って13人の俳優たちが美しく移動し、
それが全体で印象に残るシーンになる。
その転換のスタイルに、前作の「お買いもの」などで行われた
アンサンブルの動かし方の技法が上手く応用されていた。
リズムを中心とした音楽に合わせて小気味よく動く俳優たち。
決して意味がないわけではなく、
場面転換や混んでいる雑踏や通路などの
都会の感じがとてもよく出ていた。
東京タンバリンの特徴のひとつかも知れない、
見ていて気持ちがいいもの、
というのは重要な要素となる。
言葉でこうして言うのは簡単なのだが
実行するには大変な手間がかかる。
本作で高井が描こうとした
そもそもの思いは折り込みに書かれていた。
引用する。
かっこよく生きたい
誰からも尊敬されたり
才能あると言われたり
羨ましがられる存在でありたい
だって自分は正しく価値のある人間なんだ
と思わずには生きられないからとか言って
自分の行動が離れた時
すぐに言い訳を探しだす
かっこわる・・・
でもかっこよく生きたいです(高井浩子)
劇中で印象に残ったセリフがあった。
「生きるのは大変だ、いったいこの大変なのは
いつまで続くんでしょうか、生きている限り大変なことは続く」
というセリフの中にあるある種の真理が見えて感動した。
そうこうしてもがき苦しみながらもなんとかかっこよく
ロマンを持って生きて行きたい。
そのどうしようもない気持ちがエンディングのシーンで溢れだす。
言葉にならない声を出す、それも届かないだろう遠くに向かって。
それでいいのだ!
と思わせてくれる。
小説家志望の男はスーパーマーケットで
アルバイトをしながら小説を執筆している。
彼は、自分の家がなく、誰かの家に居候しつづけている。
その中で彼は、バイト先の人妻に出会ったり
元彼女で現在は人妻に出会ったり、
そういった人間関係を続けながら、
時には大作家先生に目をかけられ、連載が決まり、
女性ともパートタイムのような情事が繰り返され
上手くいくと思われたのだが、その絶頂?
と思われる時期も一瞬でなくなり、
そこから彼はホントの自分を見出しながら
一生大変だと言いながら生きて行くのだろう。
その姿が自分と重なり切なくも嬉しくなる。
それが演劇の効用のひとつなのだ。
頑張ろうと思えた。
本作ではツイッターでのつぶやきや
フェイスブックでの言葉が日常会話として普通に使われている。
これも新たなリアルとなってきており興味深く見た。
SNSなどが人間関係のコミュニケーションツールであり、
それを戯曲の中である意味をもったものとして取り入れられていた。
映画監督の本広さんがいらしていた。
彼の精力的な行動力には本当に頭が下がる。
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