ナイロンの本公演を、この青山円形劇場で行うのは2007年以来。
KERAが演出し緒川たまきが出ていた戦前の戯曲、
岸田國士のものをベースにした「犬は鎖につながれている」だった。
とても丁寧に演出された秀作だった。
緒川の和服姿が印象的だった。
KERAはオリジナル戯曲と並行してこうした既存のものをベースに
ナイロン的なアレンジを施し再構築していくという方向も
彼の中の一つの柱。
映画をベースにしたものはM&Oプロデュースの紀伊国屋ホールでの公演
「しとやかな獣」以来だろうか?
少しレトロとも思われる世界観のものが多く、
KERAはそれを描くのが上手い!
セリフ回しや発声の仕方なども含めて。
1950年代のテレビ業界の草創期を舞台にしたもの。
市川昆監督、和田夏中(なっと)原作の映画「黒い十人の女」は
今も伝説的な映画として語り継がれている。
ピチカートファイブの小西康陽などは自分の好きな
映画のベストとしてこの映画をたびたび挙げていた。
1962年の大映作品である。製作は永田雅一。
1953年(昭和28年)の2月にNHKでテレビ放送の本放送が始まり、
8月28日にNTVで初の民放放送が始まった。
55年~57年にかけてTBSやテレ朝、フジテレビが次々と開局していった。
本作品はまさにそのころの高度経済成長時代の
モーレツだけどどこかのんびりしていた時代の
テレビ局のプロデューサー(みのすけ)と彼を巡る十人の女の話である。
上演時間は10分の休憩を入れて3時間!
これくらいの時間がないと10人の女のそれぞれのキャラクターを描ききれない!
さらにそれ以外のキャラクターもたくさん登場するので
とてもおおがかりで複雑な構造の舞台となった。
映画では黒い服を着た女十人が本妻の家に集まり
そこで夫である男をどのようにして殺そうかという計画を立てる
ある種ミステリーホラー的な要素も
多分に詰まったような映画だったように記憶している。
その原作をKERAは演劇でしか表現できないようなことを盛り込み
アレンジして描きだそうとしている。
その演出が多層的で、ものすごい情報量がその中に詰め込まれている。
新谷真弓、演じるコマーシャルガールの生コマの喋り方はとてもリアル。
緒川たまき(エレベーターガール)が声優としてキャラクターの
吹き替えをするシーンが印象的だった。
背の高い緒川がマイクに向かって中腰で喋る。
その上手さにあっけにとられる吉増裕士の顔が忘れられない。
ベテラン女優の松永玲子、全てを悟ったかのような本妻、峯村リエ。
印刷会社を経営している未亡人、村岡希美。
などなど安定した演技でキャラを際立たせている。
いつもナイロンの俳優たちの演技を見ていると感心する。
みのすけを初めとする男性陣もいい。
藤田秀世のテレビ局、芸能局長の苦悩がある種のリアリティに満ちていて
とても共感が出来る。
彼は、もともと、テレビの表層的である特徴とそれに伴う消費的な構造を知っている。
そのことを、感じながら感じないふりをして仕事をやり続ける。
プロデューサーである、みのすけしかり、ディレクターである廣川しかり。
放送し続けるというのは、言いかえると
映像を作り続けるという意味である種
大変なエネルギーのいる作業であり、
それは、淡々と日常を過ごすような感じで出来る筈がない。
そのことを当時の制作者はみんな知っていたのではないだろうか?
KERAはそのことを少し意識的に描きたかったのでは?
演劇というもっとも手間のかかる非効率な芸術と長く向き合ったものとして
テレビというものに対する愛憎相半ばするアンチテーゼのようにも感じる。
いまのテレビにはなくなってしまった良さがあの時代のテレビにはあった。
ある種の自由と実験性が存在していたのである。
客演の奥村佳恵、小林高鹿も印象的。
6月12日まで。
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