青☆組は、正式に劇団員を招き入れ、
劇団という組織として活動することになった。
当初4月くらいからと考えていたのが
3・11の震災で延びてしまったらしい。
本公演は劇団となって初めての公演。
いままでは青年団リンクとして、吉田小夏は
青年団演出部所属でやっていた。
こうして、いくつもの新たな劇団が生まれてくるという
「青年団」の組織も興味深いものがある。
そして、生まれてくる新たな劇団は
青年団を母体としているのにもかかわらず、
平田オリザとは作風もスタイルも全然違う。
その多様性がいい。
好き勝手にやり続けていたら、そうなっていた!
というようなことなのだろうか?
とはいえ、青☆組も立ち上げてから10年が経つ。
10年すれば立派な劇団である。
しかも15回目の公演。
いままでは、アトリエ春風舎などの小さな劇場でしか
見たことがなかったので
三鷹の星のホールのような大きな小屋でやるとどうなるのか?
と思っていたが、上手い!
立体的な舞台を作り上げ重層的で奥行きと深みがある
素晴らしい舞台に仕上げていた。
吉田小夏の成熟の成果だろう!
日曜日の夜18時からの公演にもかかわらず満席。
アフタートークでわかったのだが「青☆組」を
初めて見る観客も多数いて驚く。
これはMITAKA “Next” selectionなら
間違いがないだろうというブランドが定着したという証拠でもある。
時代は昭和47年(1972年)。舞台は横浜。
吉田小夏は横浜出身である。
「パール食堂のマリア」という題名の由来を
アフタートークで聞いた。、
「ヨコハマメリー」という街娼がいたのをご存じだろうか?
数年前に映画になったので知っている人も多いと思う。
五代路子さんも彼女をモチーフにした舞台を作っている。
吉田小夏は前から彼女のエピソードのことを知っており、
彼女は「パール食堂」の前で客引きをしていたと聞いた。
そこから着想を得て、この舞台の戯曲を書いたそうである。
吉田小夏は昭和を描くのが好きなのか?
向田邦子がとても好きだという。
向田邦子生誕80周年に捧げる芝居を彼女は2年前に作っている。
「午後はすっかり雪」というもの。
東京オリンピックの頃の東京が舞台だった。
坂の途中にある「パール食堂」。
小さな洋食屋である。
そこに主人である、父(藤川修二)と食堂を手伝う長女(福寿奈央)、
そして高等学校の教師をしている次女(高橋智子)、
黒人との間に生まれ孤児院を出た、
住み込みのコック(石松太一)の4人がそこで暮らしている。
店の前はBARクレモンティーヌ(バーの店主:足立誠)の裏口になる。
そこに集まる様々な市井の人々の群像劇である。
パール食堂の家族を中心に様々な人々が描かれる。
どの人にもそれなりの困難があり、それを乗り越えようとしたり
現実を受けいれようとしたりする姿が描かれる。
その本当の理由とか原因などは語られない。
それは舞台の外で起きている。
観客は想像するしかない。
こうした語り口という意味では
吉田小夏も立派な「平田オリザ」チルドレンと言えるのかも知れない。
劇的なことは舞台の外で起きている。
このことを、平田オリザは「演劇入門」(@講談社現代新書)に書いている。
その舞台の外で起きているだろうことを
観客は劇場を出て暫く考え続けるのだろう!
劇場の外まで演劇が続く!
そんな舞台を吉田小夏は作り上げた。
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