アトリエ・ダンカンという俳優事務所がある。
この事務所は定期的に演劇公演を行っている。
本作では尾藤イサオがアトリエ・ダンカンの所属俳優。
「ピグマリオン」はジョージ・バーナード・ショーが
第一次大戦の前に書いた戯曲である(1913年初演)。
映画「マイ・フェア・レディ」の原作というとわかりやすいかも。
映画でのイライザはオードリー・ヘップバーンだった。
ミュージカルの傑作である。
ヘップバーンが品のいい淑女に変身していく様にドキドキしたことを覚えている。
今回、本作を脚色・演出したのが赤堀雅秋。
彼はTHE SHAMPOO HATという劇団の作・演出を務める。
「沼袋・十人斬り」は傑作だった。
イライザ役は、高野志穂。
NHK朝の連続ドラマのヒロインでもあった彼女は華があり、美しい。
見ていると時々、上戸彩に似ているなと思うことがあった。
もう高野は、30歳を超えていることを知り驚いた。
そして下町のやんちゃな彼女を育て上げたのが
言語学者を演じるみのすけと市村和宏。
この市村和宏はジュノンボーイ出身で人気があるのだろう。
初舞台ということもあり俳優やメディア業界から多くの花束が贈られていた。
確かに市村くんは背が高くカッコいい。
その脇を固めるのが家政婦の浦嶋りんことイライザの父、尾藤イサオ。
この二人が劇中で唄を歌うのだがそれがとてもいい。
「いーつくしみ深―きともなるイエスはああああ♪」という曲、
讃美歌の312番を尾藤が歌い、
浦嶋は「アメジジング・グレイス」を歌う。
舞台でアカペラで歌を歌う。ただだけでそれだけでいい。
人の気持ちに歌声が入って行くシーンだった。
イライザを愛する、市川の友人が加治将樹。
この6人だけで舞台が進んでいく。2時間10分。
当時は意識されていなかっただろうが、
とても気になったのが差別的な意識が強い世界が描かれているということ。
1910年代のロンドンはそういう場所だったのだろう。
階級差別と男女差別があからさまに描かれる。
それに立ち向かうイライザ。
イライザが田舎娘から貞淑で上品な淑女に変身していくのだが、
このことが彼女にとって果たして本当に幸せなことなのか?
をつきつけられる。
イライザは本来花売り娘をやっており、
花をきちんとしたお店を持って売っていきたいとの気持ちから
言語学者の先生のところを訪ねた。
みのすけのちょっとした「お遊びの言葉」が
彼女の人生を狂わせる。
赤堀は決してこの物語をハッピーエンドの物語にしようとしない。
分かりあえない意思の疎通が出来ない時代に
自由にコミュニケーション出来ていない人々を描く。
結局、コミュニケーションが出来るのは
素敵な歌声だけなのか?
だんだんと美しくなっていく高野志穂を見ているのは楽しい。
ただ、彼女を解放させるのには時代が早すぎた。
そして、市村(言語学者)が根源的に抱えている
マザコン的な性質は決していやされないままこの舞台は終わる。
60年代ハリウッド映画とは全く違う解釈の舞台となった。
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