演出、江守徹。
短い二本の戯曲をストレートに演出した舞台だった。
江守徹と言えば、みんな知っている俳優さん。
「再春館製薬」のCMのナレーションも有名である。
江守徹は文学座に所属している、
角野卓造などと並ぶベテランの看板俳優でもある。
その彼が今回は演出だけに徹した。
「父帰る」は文芸春秋を興した菊池寛の代表作。
しかし、こうしてきちんと「父帰る」を見たのは初めてのことだった。
意外にシンプルな作りで驚いた。
しかも上演時間は30分程度。
20年前に突然いなくなった父が帰ってくる。
興行師をやりながら全国を回っていたのだが
いつしか落ちぶれて一文無しになって帰ってきたのだ。
受け入れようとする母親。抵抗する長男。
長男は小学校を出たらすぐに給仕の仕事などをして
働いて働いて弟と妹を高校まで行かせた。
父親に対する恨みが彼の前で爆発するのだが。
言外の意味を感じつつ舞台を見る。
15分間の休憩後「おふくろ」。
作は田中千禾夫。たなか・ちかお、と読むらしい。
長崎県出身の劇作家。岸田國士の新劇研究所に入り、
その後、何と、文学座の創設に参加したそうである!
本作「おふくろ」で注目をされた。
1933年(昭和8年)の作品。
この頃の日本の豊かさが戯曲にとてもよく出ている。
昭和一ケタあたりまでは、戦争の影もなく、
のんきでのびのびとした家族の風景があった。
その家族の描写がとても楽しい。
サザエさんみたいな家族の話である。
父親を早くに亡くした家族。おふくろは長崎出身である。
家の膨大な家事をこなしながら子どもの面倒を見て、
いつも小言を子どもたちに言っている。
長男は大学を卒業して、これから就職である。
明日、新聞社の試験があるということで机に向かって
試験勉強をしている。妹は高校の試験がある、
ということでこたつに勉強道具を出したまま居眠りをしている。
そこの家族の会話からこの舞台は始まる。
小津安二郎の映画「大学は出たけれど」や「生まれてはきたけれど」の
ようなコミカルな戦前の映画を思い出す。
戦前の日本の中流家庭の家族の豊かさみたいなものが見えてくる。
その後の戦争と高度成長、バブルからグローバル化を経て、
その「豊かさ」は完全に忘れ去られたように見える。
江守はどのように思ってこれらの戦前の戯曲を今上演しようと思ったのだろう?
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