2010年9月にアトリエヘリコプターで行われた公演の再演。
キャストは同じで劇場がこまばアゴラに変わった。
本作は岸田戯曲賞を受賞した作品である。
サンプルと言えば閉ざされた環境の中、
その極端に狭い世界の中で独特のルールが生まれるものを描く。
そして最近になって、さらに実験的な演劇の構造に
チャレンジしているという印象をがある。
この「自慢の息子」も小さな共同体みたいなものを描いた舞台と言える。
布が一面に置かれたセット。
俳優たちはいったん舞台に出てくると「はける」ということがない。
まるでその環境に絡めとられて逃げられないかのように。
物陰に隠れたり布の中に隠れたりして登場したり姿を消したりする。
唯一の例外は兵藤公美演じる隣の女である。
彼女の存在によって唯一外部からの視点が舞台上に成立している。
ここは、どこなんだろう。あるアパートなのか?
兵藤の隣に住んでいる男、名前は正(古館寛治)とその母親(羽場睦子)の
部屋が舞台の中心となる。
そこにやってくる兄(奥田洋平)と妹(野津あおい)。
この二人は近親相姦的な関係で結ばれている。
いけないと知りながらもその関係の中に
どっぷりとつかっており抜けられないでいる。
同じように古館(正)とその母親の関係も
どっぷりとしたぬるま湯につかっており抜けられない関係。
子離れ出来ない年老いた母と一人で自分の部屋に王国を作る息子。
息子はそこにいれば心地よく、彼はそこでは王様である。
王様は王女が欲しいのだが、
母親に守られ他者との軋轢を避けて生きていったのだろうか?
いまだに見つからず、40代の半ばに差しかかってしまっている。
息子は母親に王女様をねだる。
実際にこうした親子や兄妹の関係というのはあるのだろう。
作・演出の松井周はその関係をある種の戯画化されたキャラクターのように描く。
兄と妹はある男(古屋隆太)に連れられて、古館(正)のアパートを訪ねる。
この王国で共同生活をしようと持ちかける。
世間から乖離した人々がこのアパートで暮らしている。
そうした暮らしの中から独特のルールが生まれてくる。
人々の悶々が悶々としたまま呈示される。
閉塞感を抱えて生きている人々に
共通の何かがここから見えてくるのか?
達者で個性的な俳優たちがその世界をさらに強化している。
5月6日まで。