ついに、公開された!最後となる、「踊る大捜査線」。
15年の歳月を振り返ることの出来る、記念すべき映画となった。
当日、日比谷のTOHOシネマズスカラ座・みゆき座に居たのだが、
「踊る大捜査線」初日とあってイベントの準備が凄かった。
そういえば、この宝塚劇場のビルはその前の道路も含めて、
すべて東宝村である。
映画業界で気勢を上げ続けている東宝!
「踊る大捜査線THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ」2003年は、
実写版映画の興行収入のナンバーワンという記録を持っている(173.5億円)。
青島刑事も40代の半ばを迎え、室井さんは50代となる。
和久さんは亡くなり、その息子が湾岸署に勤務している。
すみれさんも30代の後半を迎え転機に差し掛かっている。
今回、起きる事件は警察内部の不祥事をいかに隠し続けるのか?
という組織を存続させることを描いた映画となった。
いろんなところに節電のポスターが貼られ、
東日本大震災で明らかに生活が変化したことが映画の中からもうかがえる。
そして、大きな組織の不祥事隠しに関しては、
大手電力会社などのことも想起させる。
官僚主義が行き過ぎると現場力が失われる。
本作は、そのことに真っ正面から向き合って
描ききった作品と言えるのではないか?
「踊る大捜査線」の魅力はそういうところにある。
本店と現場との乖離なども、某電力会社の事故の顛末とつながるものがある。
本作では、警察内部の事件の証拠物件だった拳銃が新たな犯行に使われる。
明らかに警察内部の犯行。
警視庁長官はじめ幹部スタッフがそのことをもみ消そうとする。
所轄の刑事達にはそのことは知らされず、
拳銃の種類なども説明されないまま捜査会議が行われる。
犯人をでっちあげ逮捕し送検する。
人権を完全に無視したことが、組織という名のもとに平気で行われる。
これは国家にあてはめて見ても同じことが言えるだろう。
国家のためなら個人を犠牲にしてもいい!と。
その根源的な論理に、君塚良一は反旗を翻す。
組織がそのようになって行く前に何らかの手立てを立てられないのか?
その絶望的とも言える現状からわずかに見えてくる光明に
君塚脚本は光をあてようとする。
本広監督はそれに答え、未来を示そうともがく。
それが本作のタイトル「新たなる希望」ということにつながる。
腐敗したものや失われたものから、もう一度やり直し再生すること。
それを希求したスタッフキャストの15年間の結晶でもある。
また、本作には本広監督の演出としての遊びがふんだんにある。
本広監督の好きな、小劇場の俳優さんたちが随所にちりばめられていること。
とくに、三浦俊輔は今回、かなりいい!
また、すみれさんが借りていたDVDを返すシーンがあるのだが
その映画が「わが青春に悔いなし」という黒澤明の映画。
この意味することは何か?などということを考える。
そして、やはり「現場にこだわる」という想いが
見ているものたちに強く伝わってくる。
現場の裁量で、現場が一番正しいと思えることをやること、
そのための環境を作るリーダーが必要であるということ。
が改めて伝わってくる。
そして「正しい」ということはとても難しいことでもある。
「正しい」が状況によって変化してしまう。
それに負けない信念を持ちながら、正義という言葉を
ココロの隅に少しだけもって前へ進んで行こう!
そんなことが伝わってくる第一級のエンターテイメント映画である。
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