西川美和の最新作。美人監督38歳の劇場版映画はこれで4作目にあたる。
「ゆれる」「ディアドクター」と見て、この日もとても楽しみにしていた。
人間のココロの奥の深いところを西川は冷徹に描く。
彼女の凄いところは映画がオリジナル脚本であるということ。
原作物を映画化することが増えている映画界に対して
この反骨精神は尊敬に値する。
そのためには、じっくりと時間をかけて
製作をしていかなければならないのだろう。
2009年の「ディアドクター」から3年かけて本作が完成した。
居酒屋のシーンから本作は始まる。
阿部サダヲと松たか子の夫婦だけでやっている小さな居酒屋。
そこが火事になり夫婦は途方にくれる。
この映画、女の女らしいところが随所に出てくる。
それは決して単純明快なものではない。
そのどろどろとした気持ちを抱えながら生きていく
力強さみたいなものも同時に感じる。
阿部サダヲが何故だか女にもてる。
ということを素直に受け入れられると
この映画にすんなりと入っていけるのではないか?
リアリティのある絵作や台詞とは裏腹にこの映画はきわめて寓話的でもある。
さまざまな女性たちの生き方を阿部サダヲとの関係であぶりだし、
その対比として松たか子が描かれる。
それらのエピソードが後半ドラマチックに収束などしない、
そのまま観客にポーンと投げられる。そして、観客は考える。
いまのシーンはいったい何だったんだろう?
松たか子は阿部サダヲに次々と女性のターゲットへ向けてディレクションを始める。
自分がそうして、そう言って欲しいだろう
ということを指示し阿部は忠実にそれを実行する、
いやそれ以上になっていく。
そうこうしているうちに、
松と阿部の関係が微妙でアンバランスなものになっていく。
人生の選択肢が何度も用意されるのだが、
そのたびに人間は合理的ではない選択をする。
その現実が目の前で起こり、人間って不思議な感情をもった生きものだ!
ということが強く伝わってくる。
映画の宣伝で「結婚詐欺」を始めた夫婦の物語。とある。
彼らは「夢」を売っているのか?
結婚詐欺とはとても微妙な関係である。
疑似恋愛とでも言うのか?
それは風俗店や飲食店の水商売にも起きうることで、
人間は疑似であろうがその状況が求めているものであれば
そちらの方向に向いて行く。
そうした人間心理をわかりきった冷徹な松たか子も結局は、
ただの女である、という逆説が
西川美和の持っているいい意味での意地悪さを象徴している。
松たか子はあの名作「告白」以来の映画出演。
また新たな名作のキャリアが積み上げられた。
阿部サダヲファンの女子の意見を聞いて見たい。
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