2011年の1月~2月にかけて上演された「浮標」が再演された。
葛河思潮社の旗揚げ公演であり
神奈川芸術劇場のこけら落とし公演の一環でもあった。
2011年1月に、作・演出の長塚は
2012年9月の世田谷パブリックシアターとの提携公演を
この「浮標」の再演としたいと決めたそうである。
その顛末は伊藤達哉(ゴーチ・ブラザーズ代表)が
本公演のパンフレットに詳しく書いている。
僕が、初演を見たのは2011年2月。吉祥寺シアターだった。
この時、アートディレクターの箭内道彦さんもいらしていた。
その1カ月後、の3月11日東日本大震災が起きる。
震災後に箭内さんは故郷の福島と深く関係を持つようになる。
NHKの番組「青春リアル」などでは毎月、福島のことを
取り上げるプロジェクトを始め、今も続いている。
そして「猪苗代湖ズ」という音楽で福島を応援するグループを立ち上げ、
その活動も継続している。
大きく世間の価値が変わったことによって
この舞台の受け止め方も随分変わったのではないか?
と、同時に、三好十郎の戯曲の持つ普遍性も
今回見たことによって
さらに理解できた。
初演と同じような印象の舞台セット。
四角状になった廊下みたいなもので囲われた真ん中に
たくさんの砂が敷き詰められている。
左右には椅子が置かれている。上手に五脚、下手に五脚。
すべての出演者たちが舞台に登場して
長塚圭史のあいさつで舞台は始まる。
このお話は三好十郎が実際に妻を亡くしたときの
実体験に基づくものであると書かれていた。
千葉の房総なのか?近くに海がある家で療養生活を送っている。
松雪泰子演じる妻は結核を病んでいて日々衰弱している。
彼女をかいがいしく看病する夫=田中哲司。
田中は初演からの続投。田中の職業は画家である。
時代は日中戦争が始まろうとしている昭和5年のこと。
1930年になる。
大正12年の関東大震災から復興しつつあり、
この昭和1ケタまでは日本はとても豊かで
人々も希望に満ちあふれていた時代だったらしい。
丁寧な昔の日本の風景が俳優の台詞を通じて伝わってくる。
衣装と台詞と身体の動きだけで
その時代の裕福さが表現出来ている。
その裕福さとは決してお金持ちということではない。
じっくりと人に向き合い生活をする
ということである。
その夫婦にまつわる人々がここを訪ねてくる。
親戚のおばさん(池谷のぶえ)は家の権利書を
書き替えたいと言って権利者の松雪のところにやってくる。
近所の世話をやいてくれるおばさんや大家さん。
都会の金貸しの男(赤堀雅秋)。
そして、時々やってきては診察をヴォランティアでやっている
医師(長塚圭史)とその妹(高部あい)。
大家さんが自らの金に困って、滞納していた家賃を少しでもいいから
払って欲しいと、
田中哲司の所にやってくる。
何とか都合をつけてその数十円を返すのだが、
大家さんがこんなに今は必要ないと言って、
田中と松雪の夫婦に十円を返すシーンがある。
自分たちがつつましく生きていけるだけのものがあればいい
という地元のオジサンの美しいココロを見て感動する。
また、特筆すべきエピソードとしては田中の友人(平岳大)が
兵士として出征する直前に訪ねてくるシーン。
妻(荻野友里)も一緒にやってくる。
最後の別れになるかもしれない日に、
松雪が身を張って荻野と平をふたりっきりにさせようとする。
最後の交わいをして欲しいと松雪がやっきになる。
ココロに残るシーンである。
休憩2回で合計4時間の舞台があっという間に終わってしまった。
あの夫婦の静かな暮らしをいつまでも見ていたいと思わせる
力強い舞台である。
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