これは、コミュニケーションをテーマにした舞台である。
登場人物同士のコミュニケーションが同じ空気を介して伝わって来る。
極めて演劇的な手法であり、ズズナリという規模の小屋だから
出来ることでもある。
そうしたことをすべて計算したうえで
本作「少し静かに」は成立している。
その場の空気を共有しないと見えてこないことが
ここにはたくさん描かれている。
それを読み解くのは観客の仕事である。
ある人とある人との関係がどうなっているのか?
注意深い人で
その場に暫く居合わせた人ならその関係が見えてくるだろう。
逆に、いくら長く付き合っていても
まったくコミュニケーションが取れず、その人のことを
理解できないというケースもある。
その低関与コミュニケーションについても、ここでは典型的な
例を出して語られる。
別に、小難しい話ではない。
いつもの普通の若者の言葉の中にそれはあり、
それを観客たちは見つけていくのである。
その作業の繰り返しがこの演劇の中にある。
「あーあるある、こういうこと」とか
「あー、いるいる、こういう人」
というようなスタイルが呈示され共感や反感とともに
それは観客に向け発信される。
舞台は二つのシチュエーションからなる。
零細映像制作会社のオフィス、
といってもワンルームマンションの
1室みたいな場所。
ベランダがあり、その向こうで建物の取り壊しが行われている、
何かを新たに建設する計画が出ており
反対のデモなどが頻繁に行われている。
もう1つのシチュエーションは、
ミュージシャンになりたい三十路の女の子の部屋。
アパートの一室。地方出身者のその女の子は
清掃会社でアルバイトをしながら同郷のドラマーの
女の子仲間と新たなバンドを組んでさらなる音楽活動をしたいと
思いながら日々に追われている。
映像制作会社には、そこに住んでいるような映像ディレクタ―(福原充則)が居て、
彼は、タウン誌の依頼原稿などを書いたり
映像を受注して制作したりしている。
時々知り合いの会社の人が結婚式のビデオ制作の仕事を持ってきたりする。
男には趣味があり、深夜オフィスに残って一人で
その活動をやっている。
アラフォーの映像作家とミュージシャン志望の三十路ガール。
二人を対比しながら舞台は進行している。
二人に向けて共通なのは周囲の雑音が凄い!
ということ。
長く生きているとそうしたノイズが増えてくるのは仕方がない。
「静かにしてくれえええ!」
と時々叫びつつも根本的な解決策はない。
わたしたちはそれに向き合って生きていかなければならないのだ。
芸術家として生きたいという気持ちと世間で生きて食っていくという間で
もがきながら葛藤する現代の若者たちを描いた群像劇である。
そして、その表現がとても演劇的である。
福原が取り調べのシーンを演出するところがいい。
実際の作家であり演出家でもある彼の発する言葉
そのタイミング、言い方、全てがその場の空気を作っていくのだ!
ということが肌を通じて伝わって来た。
表現に携わる人にはとても興味深い舞台なのでは?
10日まで。
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