これから、こうしたことが自分事になる夫婦が増えていくだろう。
その時に私たちはどのように現実に向き合い対処していくのか?
本当に、その人のことを想う時
人はどのような行動を取るのか?
実際、この映画の中の出来事は現実でも起きている。
ミヒャエル・ハネケ(監督)はそこから目をそらさない。
その勇気を持ち続ける姿勢というのが
芸術家としての使命なんだろう。
本映画はカンヌ映画祭でパルムドールを受賞、ハネケは
前作の「白いリボン」に続いて2度のカンヌパルムドール受賞。
映画史の中の快挙である。
また、アカデミー外国語映画賞も受賞している。
ある音楽家の老夫婦の家の中が主な映画の舞台である。
一幕場劇を見ているよう。
これをそのまま舞台に置き換えても十分面白いのではないか?
80歳を超えた老夫婦の妻があるとき調子が悪くなる。
医療事故で?半身不随となった妻は車いす生活となり
夫の介護を受けて暮らす。
彼女は言葉もうまく話せなくなった。
コミュニケーションが極端に減ってしまいながらも
夫はかいがいしく介護をする。
それは入浴、排泄、食事。
生きて行くための人間としての生活の質を最大限守る必要があるのだが、
高齢者の夫だけでは限界がある。
遠くに住む娘が訪ねて来て、一緒に住むか、老人ホームに行くか?などという
選択肢を示されても夫は自宅で妻を介護することを選択する。
さすがに夫だけではと、看護士が何度か来てヘルパーさんが何度かやってくるのだが、
彼らの仕事で介護をしているという「愛情」の欠落したスタイルに
夫は疑問を持ち、介護治療や介助を断る。
夫婦は孤立し二人だけで「愛」のある介護を過ごそうとする。
その状況に置かれた二人の問題をハネケは透徹した眼差しで見つめる。
そのリアリスティックな視点がドラマを起こす。
以前、ハネケの「セブンス・コンチネント」を見て
その眼差しに驚愕したことを想いだした。
そのハネケの視点は相変わらずで、そこからたくさんの思考をすることを
観客に呈示してこの映画は終わる。
終わってから何度もこの映画のことを思い出して考える。
そういう映画なのだ。
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