ロマン・ポランスキーの特集上映が終わる前に行っておこうと思っていた映画。
この傑作と言われている映画を初めて見た。
主人公のミア・ファローの名前が「ローズマリー」だからの
タイトルであるのだが
これはある種のダブル・ミーニングでもあるのだな。
簡単に言うと若い夫婦が、
NYのアパートメントを借り、そこで赤ちゃんを出産するまでを描いた映画。
ロマン・ポランスキーは日常の何気ないことを
恐ろしく見せることのできる天才だな!と思った。
それは「水の中のナイフ」にも共通したもの。
ミア・ファローと俳優の卵のジョン・カサベテスが結婚し
新たにNYの真ん中で新しい生活を始めようと
アパートメントの下見に来るところからこの映画は始まる。
アパートメントは重厚で歴史があるのだが、
建物自体旧いので工事が頻繁に行われている。
廊下のタイルがはがれ壁にはシミが。
別にそれだけのことなのだがそれだけのことを
ポランスキーが撮影し編集し音入れをすると何とも奇妙で恐ろしい
雰囲気をたたえた建物に見えてくるから不思議である。
ミア・ファローのほっそりとした姿が魅力的。
この時代の新たな女性のカタチだろう。
次々と変わる衣装も魅力的。今見てもとてもおしゃれ。
ミア・ファローはこの後、ウッディ・アレンの映画に何本も出ることになる。
ポランスキーはこうした少女から女性になるような
年齢の女性を演出するのが天才的にうまいのでは?と感じた。
こうした傾向を持っている天才的な映画監督は少なくない。
増村保造や、岩井俊二、そして宮﨑駿、さらには
ビリー・ワイルダーやウッディ・アレンなども?
ある女性の瞬間的な輝きを映画作家はその才能によって
定着させることができるのだ。
さて、この映画は心理サスペンスのホラー映画でもある。
一番、恐ろしいのは人間の気持ち「ココロの在り様」でないかな?
と思わせられた。
というのも人間の気持ちほど変わりやすく不安定なものはない。
不安定なものに危険で恐ろしい感覚を受けるのは当然のことである。
安定して変わらないもののことを考えれば自明。
ミア・ファローがいくつかの事実を自らの解釈で
恐ろしい方向へ恐ろしい方向へともっていく。
日々大きくなるおなかを抱えつつ、これはマタニティブルーなのか?
と思ったが実は彼女自身の問題だったのか?
ラストシーンが印象的である。
リアリティの中にまぶされた幻想的なものを
ポランスキーは敢えて放置したまま観客に投げかける。
こうした手法が当時のハリウッドでは問題なく受け入れられ、
結果も素晴らしい業績となっている。
あのころの米国の映画に対するリテラシーの高さは素晴らしい。
あのリテラシー、いまはどこにあるのだろう?