昨日の朝日新聞の夕刊の劇評で徳永京子がこの舞台のことについて書いていた。
名文だった。本作の本質と魅力を数百字の短い中に凝縮させている。
戦争を間近に感じる舞台!
とはまさにその通り。
冒頭のなんだかよくわからない感じはマームとジプシーを見慣れていない人には???
と感じるかも知れないが、彼女たちがお国のために召集をかけられるシーンくらいから
ものすごい密度と集中力のある舞台となっていく。
本作は「今日マチ子」の漫画「COCOON」が原作となっている。
原作に忠実に物語を追っていながらも、
藤田貴大らしい演出技法そして言葉が満載の舞台となった。
ロビーで開演のわりとギリギリまで観客は待たされる。
整理番号順自由席なので観客もそこを離れるわけにはいかない。
しかし、ロビーには今日マチ子の本作の原画やスケッチそして、
その原画を取り込んでスライドショウにしたものが
大画面のスクリーンで流れている。i-padからHDMIケーブルを通じて。
高画質でこれからの展示はこうした形になっていくのだろうなあ!と思った。
今日マチ子の描く絵は繊細で線がやわらかい。
細いペンで紙に書いたものにコピックと思われるような
マーカーで着色されているのだろうか?
その画から独特の抒情性が生まれて来る。
今日マチ子は藤田貴大と共作して漫画を描いたりもしている。
今回はそういったご縁があったからこそ完成できたのだろう。
折込に藤田はこの舞台化を数年前から計画していて
なかなか出来ずにいたと書いていた。
その間、藤田のオリジナル戯曲のものが何本か上演され、
今回満を持しての公演となった。
テーマは沖縄の女学生の看護隊の物語である。
「ひめゆりの塔」という名作があったが、それとまさに同じようなテーマ。
手法はマームとジプシー的なものが踏襲されている。
独白がト書きとともにある俳優から大きな声で発せられる。
時にはマイクを使い。
音楽がいい。
抒情を誘う音楽が流れる中、彼女たちの声と相まって、
優れたサウンドデザインとなっている。
ここまで音響に気を配った公演は珍しいのでは。
そのためにワイヤレスマイクを使ったり、
舞台の周辺にたくさんのマイクが配置されている。
音響技術者の腕の見せ所である。
同時に映像も効果的に使われている。
藤田がいままで行ってきたその場のカメラで切り取った映像を
舞台後方の大きな布に投影される。
冒頭は幸せな女学生の学校の生活、そして家庭での風景が描かれる。
教師が女学生たちを呼び出し、これからお国のために
ガマ(沖縄にある洞窟みたいなところ)に設置された病院で看護の仕事をしてもらいます。
と言って軍事召集をする。
これが教師の仕事か?と教師は自覚しながらも職務をまっとうしていく。
その後の彼女たちに待ち受けているのは戦争というもののもつ
残酷性と非人間性、そして絶望の淵にまで戦争という現実が彼女たちを追いやる!
そこに立ち向かっていく女学生たち。生き残るために逃げ続ける。
これを目の当たりにすると、
どうして人と人が殺しあわなければならないんだろう?
という思いでいっぱいになる。
戦争をする、ということは究極の人が人を殺しあうという
リアルが目の前に突き付けられる。
胸の奥がグググっとある感情でいっぱいになるのだ。
それを突き抜けると清浄とも言えるような抒情性が浮かび上がってくる。
そんな舞台です!助演時間2時間。15日まで。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-20173700"
hx-vals='{"url":"https:\/\/haruharuy.exblog.jp\/20173700\/","__csrf_value":"0b919a72ce86dabe81a6450c362c071248db6247beadc4fc55bd4e04b8ae4c526d2238d7e921547df21b300c5ae978c60ff50f97a8bd292b9fe3a9962a6ec199"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">