マームとジプシーのこの数年の活動には目をみはるものがある。
コンスタントにレベルの高い新作を創りつづけている。
藤田貴大の描く劇世界は「せつない」風景が浮かび上がる。
過去の記憶を呼び覚ますようなところがあり、それが独特の詩情を生む。
たとえが漫画の世界ではあるのだが、
西原理恵子の漫画にも同じような詩情を感じる。
小学生の頃の思い出をすべての人は持っていて
ふとしたときにその頃感じたようなことを思い出して
なぜか切なくなるようなことがないだろうか?
藤田の作品はそうした記憶を刺激して、
ああ、小学生だった頃ってそうだったようなあ!
ということを思い出させてくれるのである。
ささいなことで悩んだり落ち込んだり、
そしてまたささいなことで元気になったり嬉しくなったり、
そして時には自分たちでどうすることもできないことが起きてしまい。
茫然とすることしかしか出来なかったりもする。
それらを全部ひっくるめてを
藤田は舞台の上にぶちまける。
ある姉と妹が「モモ」と名付けることになる「子猫」をもらってきて、
その「子猫」を育てながら姉妹喧嘩を繰り返し成長していく様子が描かれる。
大きくなった姉は一足先に地元の街を出て上京し働き始める。
扇田さんが朝日新聞の劇評で書かれていたが、
藤田の地元の北海道の街がその舞台であるかのような
半自伝的なものだそう。
そして姉を追うようにして街を出る妹。
モモが家に来て20年以上が過ぎたころモモが死ぬ。
姉は実家からの電話でそれを知る。
モモが来たばかりの頃の小学生の時代のあの街の風景を
藤田はリリカルなタッチで語る。
象徴的なシーンが何度も繰り返され、同じセリフと動きが
少しづつ形を変えながら変奏曲のように何度も何度も奏でられる。
あの頃の記憶が形を変えて反芻されて心の中に沁みこんでいく。
舞台美術がユニーク。何本もの四角い木がマジックテープで留められることで
直方体になったり壁になったりする。
俳優たちがその木のパネルを組立て配置することで様々な空間を創っていく。
その場所が変容する仕掛けの中で発声しがら動き続ける俳優たち。
魅力的な俳優たちの身体能力と発声能力の高さに感動する。
特に印象的だったシーンは音楽が流れる中で行われる大縄跳び。
大縄跳びのジャンプのリズムが音楽とシンクロしており
激しくも気持ちのいい空間が生まれた。
女優の成田亜佑美が魅力的。
12月1日まで、その後、新潟と北九州。
そして、次回公演は何と来年の2月に行われるという。
藤田の精力的な活動に感動。音響、角田里枝。
このハーブのドライフラワーが、入場者に折込リーフレットとともに配られた。