中上健次 原作、脚本 松井周、演出 松本雄吉。
中上健次が1986年に発表した小説の舞台化。
1980年代に中上健次の一大ブームがあった。
坂本龍一や吉本隆明みたいなあこがれの人たちが、
中上健次のファンだと言う。
僕は結局、中上健次の本を1冊も読んでいない。
あれから30年が経った。
中上健次の人となりに関しては、
見城徹などをはじめとする方々のエッセイなどで知っており、
数々の酒場での武勇伝が残ったらしい。
その話を読むと、どんな人だったんだろう?と想像をめぐらす。
芥川賞を獲る前の中上健次の話が
見城徹の「編集者という病い」などに書かれている。
肉体労働で生計を立て、新人作家として書き始め、
見城徹は彼の才能を見抜き、会うと飲みに連れていくのだった。
その酒場の席で鬱屈した中上は暴言を吐き暴れ喧嘩をしていたらしい。
本作は、そうした中上健次の鬱屈がストレートに
ある種の怒りとして描かれたもの。
1970年代だろうか?ジェイコブは十九歳。
新宿のDUGなどを思い出させるジャズ喫茶で女の子たちとたむろする。
刹那的に生きる若者たち。
ジェイコブはドラッグを決め酒を飲み、
ドラッグをやった女の子とセックスをする。
その退廃的な日常が描かれる。
ジェイコブは旧約聖書の「ヤコブ」のことらしい。
聖なるものと俗なるものが対比的に描かれる。
そしてジェイコブは破滅への道を突き進んでいく。
ジェイコブを演じつのは石田卓也。
ジェイコブにかかわる二人の女の子、横田美紀と奥村佳恵がいい。
対比的な二人。
かわいい顔で有村架純にも似た横田、クールビューティーな印象のある奥村。
店では大音量でジョンコルトレーンが流れている。
その店で出会ったお金持ちの男性(松下洸平)の家に時々この三人がやってきて
ドラッグを決めてセックスをするだけなのだが、
どこかそこから距離を置いている松下洸平。
彼はヘンデルを聴き、バクーニンを読む。
バクーニンとはロシアの無政府主義者でアナーキスト。
世界を転覆したいという思いの象徴なのか?
そして、ジェイコブは叔父の高木直一郎を訪ね、
彼らの家族を、というおどろおどろしい物語となる。
シャープな演出はリアリティを通りこして様式美を模索している。
松本雄吉らしい演出だと感心する。
彼らの怒りは解消されることがなく悲劇的な結末を迎える。
ギリシア悲劇的でもありシェイクスピアの悲劇のようでもある。
その悲劇的な要素が1970年代の新宿あたりで起こったのだろうか?
そこにはある種濃密な閉ざされた空間だけがあり、
そこをこじ開けられるものは誰もいなかったのか?
濃密で激しい2時間。29日まで。
