作・演出:鄭義信。映像テクノアカデミアで講師をされている
俳優の安達忍さんから、これいいですよおおお!と勧めていただいた舞台。
何度目かの再演らしい。世間はハロウィンで若者たちが仮装し街を練り歩いている。
そんな金曜日の夜の回を予約させていただき、開演10分前に滑り込む。
楽園は下北沢のヴィレッジバンガードや本多劇場があるビルの地下のスペース。
真ん中に大きな柱があるのが特徴。観客はL字に座って90度の角度で舞台を見る。
キャパ51席と書いてある。この日は満席だった。
鄭さんの書く戯曲はいつもココロの奥に残るものが多い。
個人的に一番好きなのは「焼肉ドラゴン」。
少しベタなストレートプレイが鄭さんの持ち味でもある。
ということは多くの人が受け容れやすいものでもある。
鄭さんは名の通り、在日朝鮮人の方である。
その鄭さんが朝鮮半島で終戦(第2次大戦の終わり)まで国鉄(朝鮮鉄道)に勤務した
小宮さんのお父さんのお話を舞台にした。
小宮康孝の父は朝鮮半島に敷設された釜山から中国の奉天、さらには満州国まで続く
朝鮮鉄道の職員として終戦まで平壌よりさらに北にある「新安州駅」で勤務をしていたらしい。
1945年8月16日の終戦直後から
1年後の日本に引き揚げが出来るようになって釜山港までのお話。
それまで日本名を名乗っていた朝鮮人たちは自らの国の姓名を名乗り、
国旗も朝鮮国旗を掲げる。
そして官舎に住んでいた父親夫婦は、国民学校の体育館みたいなところに
畳をもって集まり避難民のような生活を始める。
そうしているうちにソ連軍などもやってくる。
彼らはこの半島をを占領しに来たのだろうか?
ある日の夜にソ連兵たちが宴会をするというので、
その酌婦として日本人女性を提供せよと言う。
日本人たちは元芸者をやっていた年増の女性に懇願する。
彼女が翌日の朝、ひどく酔っ払って帰って来る。
その他の日本人たちは彼女を捧げていたことにうしろめたさを感じている。
彼女がそれらのことをすべてわかった上で行って戻って来て、
彼らに暴言を吐く!誰も反論せず静かに彼女の声を聴いているだけ。
それだけで悲しいやるせない。強烈な反戦のメッセージに聞こえてくる。
1年経ってやっと南へ下ることが出来るようになり、
過酷な旅をしながら小宮孝泰の父とその妻は懸命に生きて行く。
釜山に到着しようとする移動の列車の中で、ちょうど海が見えてきた、その時。
妻が…。哀しくやるせないシーン。
59歳になる。小宮さんは一人で1時間50分を汗だくになりながら演じる。
小宮さんはそういえば落語もおやりになることを思い出す。
あ、これって落語と似ているかも。
その経験がこの一人芝居を深化させているのでは?
俳優の風間杜夫さんも落語と一人芝居をやっている。
何か共通するものがあるのだろう。
劇場は小さく親密な空間である。
鄭さん自身が客入れなどもされている。その手作りな感じがまたいい!
可能なら後ろの方の席で見るのがいい。11月1日まで。




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