作:坂手洋二、演出:藤井ごう。
藤井さんは映像テクノアカデミアで長く講師をやっていただいている。
この二人が組んだ舞台に「普天間」という沖縄の基地問題を描いた傑作がある。
そして、本作は何と1989年に初演されたものの再演。
1989年というと日本はバブル経済の最盛期!
日本中が浮足立ち浮かれていた、
そんな時代に世間の流れとは真逆とも思えるこうした
芸術表現をされていた方がいたなんて!
そして扱うテーマがLGBTの問題!
あれから27年が経ってようやく時代が坂手さんの表現に追いつこうとしている。
そういう意味でも今の時期にこの舞台を上演する意義は大きい。
舞台の開演前から俳優の川中健次郎が客入れをしており、
彼が当時の1989年に起きたことを延々と語る。
そして私たちの世代は、ああ、そういえばあの頃はそんなこともあったなあ?と思い出す。
坂手さんは僕と同じ1962年生まれ。
この世代の劇作家では他に、平田オリザさん、KERAさんなどなど、
いまも舞台の最前線で活躍している人たちも今年54歳になる!
その坂手さんが何と27歳の時にこの戯曲を書いて上演したという。
若々しい箇所もあるのだが(特に権力との関係の描き方の箇所:ネタバレになるのでここまで)
何と早熟だったのだろうか!
折込のチラシの中で演出の藤井さんもお書きになっていたが、
本当にそう思う。
ここまで社会問題を深く考えそれを2時間40分の戯曲として
完成させられるなんて並大抵のことではできない。
その後、坂手さんは「天皇と接吻」などの社会的な問題を扱った作品を
たくさんお書きになり上演され、
いろんな世間の抵抗に抗いながらも、いままで表現活動を続けている。
本作は、1989年にレズビアンである女性が同じレズビアンの女性たちと一緒に、
今で言うところのシェアハウスにして同居生活をするというもの。
今でこそLGBTマーケティングなどと企業が言い出すようになっているが。
当時は、ゲイ以上に内密にされていただろうレズビアンの問題を真正面から扱っている。
人口の5%はいると言われているLGBT。
そのセクシュアリティにも様々なパターンがあるらしい、
ということをマクラの川中さんのお話で知った。
実際、十数タイプのパターンがあるらしい。
本作の中でも、この家に転がり込んできた男性の話はその一例である。
実際には、後天的にやはり自分はそうだったのか?と発見し、
確信のないまま過ごし、
やはりそうなのではと確信し「カミングアウト」に至る人が多いらしいことがわかる。
生涯「カムアウト」せずに一生を終えた人もいたのだろう。
当時はAIDSに対する危機感が必要以上に騒がれていた時期でもあった。
理髪店では髭剃りなどの熱湯消毒が義務付けられていた。
いまや薬で発症を抑えられる時代になったが、
そうしたこともLGBTへの偏見を強めていた。
本作を見ているといろんなセクシュアリティのスタイルがあって
いいんやないかな?と思うようになってくる。
そうしたことが普通に話せる時代になるといい。
それは人種や民族の問題。
日本で言うと、在日外国人や被差別部落などの問題などと通底した
っどこかで人を区別する意識が働いてしまうことに通じて行く。
その意識を私たちは、乗り越え多様性を認め共存し
まずは、理解することからすべてが始まるのではないだろうか?
そして、それを象徴するシーンがサヨ(宗像祥子=このシェアハウスの女主人)が
お父さん(猪熊恒和)と語るシーン、
そして、お母さん(重田千穂子)と語るシーンだった。
彼女のことを、無条件で受け入れる二人。
それを見ていると、なぜか泣けてきた。
また、今回オーディションで選ばれた様々な若い俳優が出演している、
百花亜希、宗像祥子などが印象的だった。31日まで。むちゃ、おススメです。




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