作:マイケル・フレイン、翻訳:小田島恒志、上演台本・演出:小川絵梨子。
小川絵梨子が次期の新国立劇場の芸術監督を務めることになった。
30代での大抜擢であるとマスコミは報じ、演劇関係者もその人事に
いままでの新国立的ではないやり方だと賛辞が送られている。
何事も政治や組織との関係などがついてまわる。
それは科学者の世界でも同じことなんだ!ということが本作を見るとよくわかる。
先日EUからの離脱を国民投票で決めた英国出身のマイケル・フレインが書いたこの戯曲。
1998年にロンドンで初上演され、2000年トニー賞受賞。
私も、新国立劇場で上演されたものを2001年に見た。
傑作だった。(特に舞台美術が印象的だった!)
戯曲がとにかくよくできており、70歳あたりにマイケル・フレインが書いたらしいのだが
エネルギーと才気に満ち溢れている。人間の知性は年齢を増すごとに増えていくという好例である。
知的好奇心を刺激し、知的なやり取りが舞台の緊張感を高め
その緊張が舞台の最後まで持続する、
デンマークのコペンハーゲンに住む物理学者ボーア(浅野和之)と
その妻マルグレーテ(宮沢りえ)。そこにドイツ人でいまもドイツで研究をしている
ボーアの教え子でもあるハイゼンベルク(段田安則)が久しぶりに訪ねてくる。
時は1943年?だったか?
デンマークはドイツに占領され第二次世界大戦の真っ最中である。
ナチスが人々を脅威のどん底に落とし、ヒットラーの純血主義の政策がユダヤ人を排除する。
科学者の仕事に多く就いていたユダヤ人たちは
ドイツを離れ亡命せざるを得ない状況だった。
現在のEUやヨーロッパの状況にも似た、閉鎖的な感情が渦巻いている。
ドイツのメルケル首相はそうした孤立主義に反対し、
英国に断固とした態度で臨む。
本作は、2011年以降の世界観の変化のもとに作られている。
2001年に上演された「コペンハーゲン」(@新国立劇場)との大きな違いは、
核兵器や原子力発電へのとらえ方が、明らかになっていることだろう。
私たちは2011年福島の事故を経験し、私たちに制御できないものがある、
ということを知った。
それを知ったドイツは早々に原発に頼らないエネルギー政策を推し進めている。
第二次世界大戦時には
とにかく早く原子力を利用したエネルギーをどのように作り制御するのか?
ということが国家間で競争されていた。
そんな、時代である。もちろん核兵器も含めて。
その時代背景を認識しつつ、立場の違う科学者が出会い、
そこで何が会話されたのか?
というある種のミステリー的な要素も含まれた舞台である。
地の文(戯曲ではト書き)の部分を宮沢りえが声色を変えて語る。
うまいので自然とト書きを語る人と、
マルグレーテの役を演じている人との使い分けをこんなに上手にできる女優さんを知らない。
そして透明感と清潔感があり論理的で知的な妻を演じるのに
ベストなキャスティングの一つなのではないだろうか?
浅野和之の滋味のでた初老の物理学者ボーアもいい、
段田安則と再会し、1924年?に初めて段田が浅野のもとにやってきて
日々議論と研究をしているあの頃に戻る。
純粋な知的探求の場だったのに
戦争をすることによってその場が変わってしまった。
それはお互いの間に「沈黙」を作ることになり、
その「沈黙」はどうやっても埋めることができない。
反戦、反核を大声で語っていないのに、
そうした強いメッセージが聞こえてくるマイケル・フレインと小川絵梨子が
タッグを組んだ渾身の一作。
7月3日まで。当日券が出ている。立ち見席だが値段は安い。
2時間10分(途中休憩15分)なので1幕が1時間少し。
なので、立ち見でも大丈夫!ちなみに私はトラムシートで観劇。


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