作:長田育恵、演出:扇田拓也。浮世絵師の葛飾北斎とその娘で同じく浮世絵師を目指す、
応為(お栄)の物語。主演の娘役は三浦透子。サントリーの「なっちゃん」のCMに出ていたらしい。
小池栄子と田畑智子を足して二で割ったその様子はとても魅力的である。
若干20歳。しかし、演技はまだまだこれからであるというのが正直な感想。
映画やドラマと違って舞台で演じるということは、俳優の持っている
「演じる」ということがすべて出てしまう。その演技を観客は通しで見るので
俳優もごまかしができない。
映像は編集という技術を駆使して魔法をかけるように俳優を俳優にしていくのだが、
舞台はそうはいかない!そのことに三浦透子が気づきこれからさらに頑張って行こう!
と努力をすればとても魅力的な女優さんになるかもしれないな!と思いながら劇場を出た。
上演が始まって2ステージ目を観劇。長田育恵の戯曲がいい!
絵師というある種、当時はアートとビジネスの狭間にある芸術家を
さらなる高みを目指すものとして描き出していく。
これは長田育恵自身が自らもそうありたいと願っていることの現れ?
ぎりぎりの限界まで高みを目指すことが人生を苦しいものにするかもしれないが
豊かにもするのではないだろうか?
何人かの絵師が登場し、彼らの栄枯盛衰なども描かれる。
いろんな絵師の人生を追体験しながら物語は進んでいく。
ハイライトは長崎の出島からやってきたシーボルト伯爵から帰国する前に
江戸の風景を絵にしたものを持ち帰りたいと考えて、
そのための使いの者が北斎のところにやってくるシーン以降では?
シーボルトから北斎に
今回お願いする100枚の絵は遠近法を使い
日本画の墨線を使わないなどの西洋絵画の技法をも取り入れてほしいとの願いだった。
北斎は新しいことに挑戦するためにこの仕事を引き受ける。
と同時に、この仕事を娘と一緒に行っていくことで娘は成長していく。
娘は父北斎よりも女性の顔を描かせたらより魅力的だった。
その才能が開花するきっかけになったのが
ある花魁が見受けされ引退する直前に遊郭でその花魁の絵を描くことになったこと。
そこで花魁はココロを絵の中に描いてくれと頼んだのである。
それを娘はやり遂げた。
シンプルな舞台天井からは大きな白い和紙のような幕がいくつも垂れ下がっている。
美術は杉山至。
そして舞台には何もない。竹の棒がいくつか使われ部屋のしきりになったり、
小道具になったりしていく。
シンプルで絵師が書く絵も真っ白な半透明の和紙である。
そこには何も描かれていなく、観客がそれを見て物語の中で想像していく。
竹の棒などを使ってシンプルに日本家屋を見せる演出を見て、
サイモン・マクバーニー演出の傑作舞台「春琴」を想い出した。
北斎役の加納幸和(花組芝居)は飄々とした軽見があっていい味!
また、石村みか(てがみ座)のシーンは安心して見ることができる。
全体的に演技の流れが硬く、それがスムーズにいくことをまずは願います。
上演時間2時間10分 13日まで。


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