作・演出:喜安浩平。
食べ物の記憶の話をしたらみんないくつもの話が出てくるのではないか?
毎日3回?かその前後、食べることを経験しているのだから当然と言えば当然。
グルメ番組やグルメ漫画?などは多くの方が見たり読んだりしているのではないだろうか?
クックパッドなどの料理レシピサイトやテイストメイドなどの料理動画サイトなどが
隆盛を極めるのも「むべなるかな」という時代。
これからは「衣」や「住」に満ちたりた人たちは
日々の「食」ということに消費や興味がさらに向いていくのではないだろうか?
この舞台を見て「ぼくのエリ」というスウェーデンの映画を思い出した。
ヴァンパイア伝説をベースに作られたこの映画を。
東京から2時間半くらいかかる田舎町。喋り言葉を聴くと愛知県なのかな?
と思うのだが定かではない。
そこに漫画家の先生(瓜生和成)とアシスタントの若い男(吉川純広)と
漫画家先生の娘(葛堂里奈)が移住してくる。いわゆるIターンというもの。
舞台はその漫画家先生の住んでいる隣の井手内家の居間。
ここには主人(永井秀樹)と妻(深澤千有紀)、長男と長女が住んでいる。
主人には兄弟がいる。次男(吉増裕士)とその妻(平岡美保)
そして結婚していない三男(寺井義貴)。
三男にはお見合いで出会った女性(山本真由美)と結婚を前提に
微妙な感じでお付き合いが行われている。
そんな田舎町に東京の出版社の編集者(山岸門人)が漫画の原稿を取りに時々やってくる。
この舞台では何度か題名通り「くちづけ」が行われるのだが、
この「くちづけ」の意味がここではとても複雑。
最初は何のことなのか?わからないのだが、時間をかけて舞台上で説明されるので
観客は自然とそのことに納得していく。
時間をかけないとそれができないだろう!と作・演出の喜安さんも思っていたのだろうか?
時々「桐島、部活やめるってよ」のシナリオ的な要素も登場する。
口唇というとてもセクシュアルかつ食べるという行為に欠かせないもの。
それを演劇で描くと身体感覚が強く意識されるので
極めて演劇として有効な手段である。
それらの行為が目の前で繰り広げられるので目が離せない。
2時間25分の上演時間をまったくたるませることなく進めていく筆力と演出。
それを実行できたベテラン俳優の客演陣と懸命にそれについていった
この劇団の若き俳優たち。
折り込みのチラシの中で喜安さんが
「3年目の若者たちに物語の中心を託したのが今作だ。
久しぶりに稽古場で苛立ち、怒鳴り散らしもした。
まだ自分にその元気があったことに驚く日々だった。」と書かれていた。
そうした葛藤を経てこれが生まれたんだ。
「食べ物の記憶」ということについて考えた。
そして「人間の記憶とは?」ということについて。
記憶がなくなることによってその関係性が断たれてしまう。
しかし命を食らうということがこうした形で違う意味で描かれているのかも知れないな
と本作を見て感じ考えた。
笑いが絶えない舞台だがその奥底にはそんな感覚があり、
生きていくことの意味みたいなことを考えさせられるのだった。
10月1日まで!





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