高度資本主義社会が終焉を迎えつつある今、
いったい私たちはどこに向かおうとしているのか?
そのことを問いながらも、同時に
人間の根源的な価値の大切さに気づき始めた私たちがいる。
そしてこれから、その大切なことに気付いた人たちがどうすればいいのか?
という疑問に前川さんが考えた一つの答えとしての仮説世界が提示された。
とても意欲的でテーマ性の強い戯曲。
最初、何の予備知識なしに見ていたのだが、
飄逸な滑稽芝居にしか見えない。
しかし、後半そうしたひょうひょうとした世界観のベールをまとった奥にある
本質的なものが見えてくる。
前川さんは以前から神話世界や民俗学の世界を借りた作品を作っている。
その世界は、これまではある種クールなものだったが、
今回はその世界がひょうひょうとしたおかしみにあふれている。
太平洋戦争で最前線に送られ過酷な戦争を経験し、
片腕を失った水木しげる先生の書いた「妖怪もの」の原作の
持っていたエッセンスがこの舞台の底に流れている。
ある地方都市のさらに郊外の森林地帯、
天狗がまさに住んでいそうなところに古ぼけた廃屋がある。
基本の舞台はその廃屋が中心となる。
時は平成60年というので今から30年後の近未来の物語。
そこに住む「根津」と言う男(佐々木蔵之介)。
彼は何年か前にここに来て、この廃屋に住み着いた。
見ていると佐々木さんが「ねずみ男」に見えてくる。「ねず」だから確信犯ですね。
水木先生の好きな人なら登場している人たちが
猫娘、こなき爺い、砂かけ婆あ、みたいに見えてくる。
舞台でもそれらの妖怪が見える人と見えない人などを対比的に描き出す。
前半はあるカップル(私たちの代表のような)がこの森に逃げ込んで来て
佐々木蔵之介と出あうというシーン、そこに絡む妖怪たち。
八百万の神の国である日本。
様々な場所に神がいて妖怪も同じようにいた。みんなそれを信じていた。
そうしたこの世のものとは思えないものと一緒に普通に共生していた。
その時代が明治から戦後の高度成長さらには
高度な資本主義社会を迎えて見えなくなってきた。
しかし、それって人類の歴史の中でほんの100年余りのことでしかない。
物事があっという間に変化していく、今はまさにそんな時代。
その時代感覚を肌で感じている前川さんは
水木先生の原作表現の要素を借りながら、
奇妙キテレツな物語世界を通して徹底的に批評的に描き出す。
この舞台を見た直前に見たドキュメンタリー映画「太陽の塔」に通じるものがある。
いつのまにか人間だけが特別なものというおこがましい意識を
私たちは持つようになったのではないだろうか?
という共通のテーマがこの2作品から見えてくる。
自然と共生しながら暮らしていくことについて
私たちはもう一度考え直さなくてはいけない時期に差し掛かっているのかも知れない。
後半、手塚とおるが登場してくるところから物語は
そのようなメッセージのある方向に大きく転換していく。
シュールな設定が笑いを誘いながらも
激しいメッセージがその裏に見えてくる。
それを体当たりな役で体現したのが池谷のぶえ。
最近TVなどでも大活躍の池谷さんの
ある種の狂気を秘めた存在がすごい!
落語で噺家に「フラがある」という言葉があるが、
その噺家が高座に上がっただけで観客が笑ってしまう、
という魅力を持っているという意味。
本作の池谷のぶえのこの役にはまさに池谷さんだからこそできた
「フラがある」役だった。
池谷さんの存在とわけのわからない言葉から受ける
インパクトを多くの観客は生涯忘れられないのではないだろうか?
以前、KERAのナイロン100℃公演「ナイス・エイジ」だったかで
池谷さんが「猫評論家」としてTV番組に出るという役があったが、
今回はそれと同等かそれを上回るだけのインパクトがあった役である。
松雪泰子が美しくスタイルがいいのが実感できる。
白石加代子の妖怪はまさにそのまま!
それを支えたイキウメのレギュラー俳優たち!
上演時間2時間。21日まで。
その後、地方公演があるようです。






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