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作・演出:満員劇場御礼座 平成が終わる。平成は30年続いた。満劇は今年で25年。 ということは満劇は平成とともに活動を続けて来たということになる。 その平成の30年を総括するように久しぶりに満劇が東京公演を行ってくれた。 劇場はいつもの中目黒の劇場。 この公演がある時くらいしか中目黒に行くことがない。 ので、中目黒駅から10分ばかし商店街を歩くと 新しいお店がたくさんあって、店の新陳代謝がすごい。 金曜日の午後休取って観劇。 いつもの劇場への出入り口の地下への階段を降りると いつものメンバーである朝潮でんぷんが出迎えてくれた。 こうして私も、かれこれ20年ほどになるが満劇に通い続けている。 もともと、電通関西支社のCR局の有志とそれに集まる人たちから始まった、この劇団。 劇団員の中の何人かは還暦を迎えたりしている。 大人計画やナイロン100℃の観客層の年齢が上がっているように 満劇の観客層の年齢も毎年上昇しているのかな? ちなみに、文学座やこまつ座の公演を見にいくと、特に昼公演は 高齢化社会の到来を肌で感じる。 そこでは、あと数年で還暦を迎える私が何と若手。 先日NHKのドキュメンタリーでノゾエ征爾が蜷川幸雄の意思を引き継ぎ 「高齢者のための演劇」で「病は気から」の公演の創作を追ったドキュメンタリーを見た。 それを見て人前で演じ表現するということは 人間の根源的なエネルギーを生みだしていく行為でもあるんだな!と納得した。 満劇のメンバーたちも、仕事をしながらわざわざこうしたある種めんどくさいことを 行ってみると自然と人のエネルギーを生みだせることを知っているからだろう。 さらに、それを見に来る観客と一緒になってまた別のエネルギーが生まれてくる、 ことを実感されているからなのかも。 その経験は仕事だけでは生まれない。しかし、実は、その経験が仕事に役立つ!という効用もある。 まとまった練習時間を取りにくい満劇の生み出した公演方法として 少数の役者が短編の戯曲を演じるというオムニバス方式が誕生した。 本作も6話の戯曲が上演された。 第一話「Wサカイの30年」バブル期にW浅野(浅野ゆうこ・浅野温子)が トレンディドラマなどに出て一世を風靡した時代があったが、 それは大阪のOLの同期入社の二人組の女子にもあった、というもの。 彼女たちの30年の話を聴いていると 私の学生時代の同級生の女子の会話を聴いているようやった。 第二話「母への電話」オレオレ詐欺、と言う言葉が出来る以前に 同様の手口で商売をしていた詐欺集団。そこに新人が応募してきて! という、典型的なウェルメイドコントの仕立て。 大阪ベタベタやない戯曲は 作・演出の目黒カンパチだからなのか? 淀川フーヨーハイの舞台での間の作り方にいつもプロ以上のものを感じて感心する。 第三話「さよならガングロ先生」満劇常連の俳優「緑ファンタ」の一人語り芝居。 このセリフから受け取れるのが世間とか常識という大きな壁。 ほんまは、もっと自由でええやんと人生の舵を切ろうとした女性教師の悲喜劇である。 自己を笑って、その後に何かがやってくる。 あべの金欠は第5話の「肯定ペンギン」とともに 作・演出の技量が毎年、進化している気がする。 ということは、…以前はそうやなかった、ということなんやろか…?(W) 第四話「ある夫婦」。この、堂島サバ吉の手になる、本作の戯曲は とてもすごい「人情噺」みたいなものになるような気がした。 本作をブラッシュアップし書き足していけば長編の大傑作になるかも? 村上春樹が「蛍」という短編小説を書き、その後それをベースに長編小説の「ノルウェイの森」を書いたように。 売れない漫才師の二人が、東日本大震災の被災者に向けて ヴォランティアとして被災地にお笑いを届けに行こうと思い立つ。 漫才師の片方は元ピン芸人だった女性と結婚している。 女性は出産を機に芸人稼業を休んでおり家事・子育てをしている。 もともとこの嫁はんの方がお笑いの才能があったらしい。 そして嫁はんはこの売れない漫才師の夫に、ほんまにヴォランティアに行きたいんか? 売れてへんけど、あんまりおもろないけど、被災地の人やったら笑ってくれると思ってんのか!? と本音を引き出していく。 漫才師二人の芸を実際に見た嫁はんは、 こうしたらもっと面白くなるやん!と台本をどんどんと変えていくのだが…。(あとは実際にご覧ください) 嫁はんの後半の変化の度合いと 売れない漫才師たちの奥底にある本音を抉り出すところなどの描写がいい。 表面的ではない人間を描く奥深さが落語で言うところの「芝浜」や「文七元結」などの 人情噺の大作のようになる魅力を秘めた作品。 後半、夫婦でネタ繰りをやっているところなどは、まさに嫁はんが自らの才能を輝かせ、 生きるチカラに満ちていくような感情が見えてくる。 例えがむっちゃ悪いが、映画ロッキーの中で早朝、主人公が生卵を4個飲み干し、 早朝ランニングをし、階段をかけあがり 階段の上で大きく両手を上げるようなそんなシーンのような(W)。 この本だけで、90分くらいの物語を見てみたい。 ボランティア活動に関しての視点も納得。 第五話は恒例の「肯定ペンギン」シリーズの新作「平成5年の肯定ペンギン」 バブル崩壊直後の時代に、あのペンペンはどうして生きていたかがよーくわかる。 これを見たくて、満劇公演に通っている人も多いのではないでしょうか? 「象印夫人」のTVCMシリーズ(ここに「肯定ペンギン」の原初的なやり取りの種が見えます) にも登場している淀川フーヨーハイの芸のある種の到達点を見ることが出来る。 広告会社のクリエイターで舞台にたってこれだけフラがある人はそんなにいない。 ペンペンとなってこれからも多くの場所ですべての出来事を「肯定」していって欲しい。 言ってみると、広告業界の私たちもある種の「肯定◎◎◎◎」 第六話「しゅうかつ」。これはあるあるの、ああ、勘違いシリーズ! 当初に、これやったらいけそうかな?というアイデアが出ていざやってみると…! というもの。 しかし、それをわかった上で、自らノリ突っ込みを入れることによって このストーリーを浄化しようと奮闘努力する姿勢が本作にはある。 本作の最大の特徴は天王寺春雨とライス大というリアル夫婦が登場しているところ。 舞台の上でもその存在感は変わらず、 その夫婦を中心にしてもっと破綻した物語があってもよかったのではないか? 何人か過去の満劇公演ではみなかった出演者の姿を見て カタチを変えながらもこうして長く続けておられることに感動を覚えます。 上演時間約2時間。12月9日まで。
by haruharuyama
| 2018-12-08 11:10
| 舞台
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