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『ブックカバーチャレンジ』62(book cover challenge vol.62) 62冊目は中島らもさんの「今夜、すべてのバーで」(@講談社) 初版の発行は1991年。 「中島らも」という作家でありコピーライターであり 劇作家であり俳優でありミュージシャンでもあった 伝説的なマルチクリエイター。 中島らもが私たちの世代に与えた影響は大きい。 中島らもさんは関西出身。超進学校で有名な灘高から大阪芸大に行って、 その後、紆余曲折を経てコピーライターになり作家になった。 調べると1980年に大阪の宣伝会議コピーライター養成講座に学んだとある。 藤島・林教室に行かれていたと書いてあった。 電通関西支社のクリエイターの方々でTVCMを中心に教えておられた。 その当時コピーライターブームが起こり宣伝会議は すごい数の受講生が集まった。 私もそのブームに乗り宣伝会議の講座を受講した。 1983年~1984年にかけてのことだった。 時々、講師の方や事務局の方から中島らもさんの噂話を聴き、 そんな方がこの講座に通っていたのか?!と驚いた。 私の大学のゼミの教授だった 植條則夫先生が宣伝会議で講師をレギュラーでされているという縁で 毎年、ゼミ生で希望するものは宣伝会議のコピーライター養成講座の受付をする、 そしてその代わりに講座を無料で受講できるという特典があった。 大学3年から4年にかけての1年半だったか?私もこの講座に通った。 もちろん他のゼミ生も一緒にこの受付の業務を行った。 2年で大体20人くらいのゼミ生が受講したのではないだろうか? ゼミが40名だったのでその半数くらい。 なので、当時、卒業時にはゼミ生の半数近くが 広告関連の業界に就職していった。 当時、中島らもさんは「かねてつデリカフーズ」をスポンサーにした 漫画でありグラフィック広告でもあった「かねてつ」のキャラクターの 「てっちゃん」と「お父さん」が登場する「啓蒙かまぼこ新聞」という シリーズ広告を手がけられていた。 それは、当時サブカル誌として若者の間で一大ブームとなった 「宝島」に連載されていた。 当時の「宝島」は版型がA5サイズくらいの大きさ。 新たな文化の担い手を真っ先に紹介するという斬新な雑誌だった。 そこにあの「てっちゃん」という可愛いキャラが出て 「てっちゃんのお父さん」とともに ものすごくシュールなことを言ったりする。 そのギャップがすごく この時点でもうすでに中島らもの天才性が爆発していた。 このシリーズはその後「プレイガイドジャーナル」→「ぴあ」に 「微笑家族」として続いていった。 その後、らもさんは本書を執筆する。 あの「啓蒙かまぼこ新聞」の中島らもの書いた小説として 私たちの間で話題になった。 本書が発行される前の1988年に中島らもはアルコール性肝炎で 入院を余儀なくされたらしい。 その経験を基に中島らもはアルコールと私といういわゆる 「アル中小説」を書いた。 その自伝的とも言える小説があまりにもリアルでシリアスで、 それまで私たちが抱いていた中島らものイメージが一新した。 人間には様々な側面があるのだ!と年を取るとわかってくるのだが、 その時は中島らもが・・・。と驚きを持って本書を読み、 その中に描かれるそこはかとない可笑しさや情けなさに 脱力系の笑いが起きるのだった。 笑いにもいろんな種類があるんやな!と。 中島らもさんはその後もこうした依存症をテーマに された文章を書かれている。 有名なのは睡眠薬や咳止めなどをはじめとする「薬物依存症」について 書かれた「アマニタ・パンセリナ」(@集英社文庫) 灘高時代を描いた「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」(@集英社文庫) などの自伝的な作品は、あまりのハチャメチャさでそれ自体が面白い。 また、彼が創作する小説は自伝的なエッセイとは まったく違う世界を描き出した。 中でも「ガダラの豚」(@集英社文庫)は白眉と言えるSF奇想天外小説。 そして演劇活動として「劇団・リリパット・アーミー」を初めた。 その時に中島らもさんと出会った「わかぎえふ」は今も演劇活動を続けておられる。 関西弁のナレーションのオーディションとして「わかぎえふ」さんを訪ね 「スズナリ」の楽屋に行ったことを思いだした。 当時はボイスレコーダーがまだなくて カセットデッキを持って声をいただいたような? 舞台で行われる「ちくわ投げ」というのがあって、 それを初めて体験したときは感動した。 あの「啓蒙かまぼこ新聞」がこうした形で続いていたのか?と。 「かねてつ」と「中島らも」は本当に素敵な関係続けていった。 中島らもは酒に酔っぱらって階段から転落しその後亡くなった。 52歳だった。早世の偉大なパンクの広告業界の先輩でもあり 超天才の芸術家だった。 中島らもさんは死後もこうして書物の中で生き続けている。 読書文化普及のため ◎毎日一冊の本の表紙をUP #BookCoverChallenge
by haruharuyama
| 2020-06-30 06:27
| 読書
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