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「前立腺がん日記」2020年 その5 ロボット支援式「前立腺および精嚢の全摘手術」 2020年9月8日(火曜日)。絶好調の体調で病院に。 インフォームドコンセントの時に、手術前にお酒飲んでもいいですよ! と言っていただいたので入院の2日前まで 毎日第三のビールや焼酎などを飲んでいた。 ただし体重はほぼ変わらずの80キロ!後で思ったのだが 少しでも体重を減らしておけばよかったと後悔している。 また仕事をしながらの入院だと現実的にはその前後に仕事が集中するというのがわかった。 GW前、お盆前、お正月前進行のように 2週間ほどの入院する間の時間を前後で埋めなければならなくなる。 個人的には事前に処理しておかないと手術した後の 自分自身の生活の質(QOL)がどうなるのかがとても心配、 なので術後に作業がある案件に関しては 確実にお約束できないので事前に事情を話して理解してもらってから お仕事を引き受けさせていくという状況だった。 入院前日までバタバタしていて、そのまま9月8日に入院。 前日に病院から朝の10時~10時半に来てくださいと携帯に電話がかかってくる。 10時に日赤医療センターへ! 2週間の旅行のような感じ。 パジャマとタオルは病院でレンタルできる。 入院受付をすまして病室へ。荷物を棚などに置いて整理していく。 これは旅行でホテルの部屋に入ったときにやることと同じ。 今は電源の確保が最大の課題。 旅行に持って行っている3メートルの延長コードが大活躍。 PC、スマホ2台、ブルーツースイヤホンなどに充電する必要がある。 しばらくすると看護士さんがいらして、これからの手術へ向けてのお話と 入院施設などのあらゆることについて教えてくれる。 ここでレンタルのパジャマとタオルを申し込む。 1階に売店があるので入院患者はそこで必要なものが購入できる。 病床から動けない場合は看護士さんなどにお願いすると売店の方が購入して 現金と引き換えに品物を届けてくれる。 私が買ったのは、紙おむつと尿漏れパッド、そしてボディーソープ。 入院階に自販機があり水とお茶は購入できる。 甘い飲み物やコーラみたいな炭酸系がないのが病院らしい。 入院時は1階の売店で「日経新聞」と「水2リットル」を購入するのが習慣となった。 入院1日目の昼食は普通に出る1日1600キロカロリーの食事。 ご飯の量が150グラムなんだ!と知る。牛丼並盛はあきらかに倍以上のごはん量だな。 日常生活でどれだけ大量の食事を摂っていたのかを痛感した。 しかも食事に加えてアルコールも! 夕食後は禁食となる。初日はどこも切っていないので快適。 22時からは完全に禁飲食となる。 看護士さんのお話を聴いていると病院で使う独自の言語があるんだなと感じる。 「お通じ」とか「おしょう水」とか日常ではまず使わない。 若者はこれらの単語を理解できるだろうか? 外国人はこの日本語を日本語学校とかで習うのだろうか? 私の病室は4人部屋の窓側。廊下側はいっぱいで入れませんとのことだった。 窓側は1日2000円の差額ベッド料がかかる。 個室になるとその差額が15倍に跳ね上がる。高級ホテル並み! コロナ禍でカーテンは各ベッドで締め切られている。 以前入院した時(約20年前に虫垂炎で行徳総合病院に入院した)は、 お昼には、カーテン開放にして広々としたドミトリーみたいな感じだった。 日赤医療センターの4人部屋のスペースは広く 一人分、4畳半くらいはあるのではないか? なので、バックパックで安宿に今も泊まっているような私にとってはラグジュアリースペース。 昨年の5月に宿泊したペルーのマチュピチュのホテルの 1・5倍くらいの広さがある。しかも超清潔。 内視鏡のロボット支援手術(ダビンチ)をするためにアームが入る下腹部の場所を剃毛しなければならない。 事前にネットで読んでいたので前日 自宅でおへそ周辺から下腹部にかけて ちゃんと剃ってから病院に行ったので看護士さんに剃っていただかなくて大丈夫だった。 ちなみに下の毛をすべて剃る必要がないことがわかった。 実は完全にパイパンにしないといけない場合だとここで剃るのかな?ということを心配していた。(笑) 2020年9月9日(水曜日)。手術の日。入院2日目。 手術開始が9時半あたりと看護師さんが伝えに来てくれる。 9時前後になると他にもいろんな係りの方が伝えにくる。 看護士さんにいただいた「弾性ストッキング」というものを履く。 ものすごく圧力の高いふくらはぎを包み込むハイソックス。 前日の夜に下剤を飲む。 そしてこの日の朝、看護士さんに浣腸をしていただく。 術前に腸内のものを出来るだけ減らしていくためである。 手術で万が一直腸を傷つけそこから大量の「うんこ」が腹腔内に流れ出たら大変だ!ということです。 浣腸の記憶がないくらい久しぶりの浣腸、多分55年ぶりくらいの? 意外と直腸の中に入れる液体が多いのに驚く。こぶし一つくらいの量の「液体」が直腸に注入される。 浣腸をしたらすぐに排便をしないこと。と看護師さんに言われる。 すぐ排便をすると浣腸した液だけが流れ出てしまう。10分我慢して出してください!と。 トイレに入って時計を眺めながら排便を我慢する。 その時の私は全裸の状態。(浴衣式のパジャマなので汚れないように全裸になった) すぐに我慢が出来なくなったら排便できるように! しかし排便のポーズをとるとうんこがしたくなるので、便器の周りで くねくねと身体を動かしながら我慢するという 映像でみたら、むっちゃ変な状態。赤塚不二夫先生に、この私の様子をマンガにしてもらいたいと思った。 そういうときの10分は長い!そして11分後、肛門が温かくなり これは、というタイミングで便座に座りその直後「ざあああああああっつと」液体が流れ出す。 どれくらい便が出たかはわからない。 余談だが、宇宙が誕生の時のビッグバンの時の時間よりも何倍も長い時間便が流れていたのだが、 多分実際には1秒くらいでは?物事を見るスケールを変えてみると面白い。 佐藤先生のインフレーション理論をご紹介する。 (以下、東京大学HPより)「インフレーション理論」 1981年に東京大学の佐藤勝彦名誉教授(現・自然科学研究機構長)が発表したインフレーション理論は、 宇宙誕生の10-36秒後から10-34秒後という超短時間に、極小だった宇宙が急膨張し、 その際に放出された熱エネルギーがビッグバンの火の玉になったと説明する理論。 そのような感じの排便だったということです。 閑話休題。 9時15分くらいに手術室に来てください!とのことで手術着の下に履いていたパンツを脱ぎ、 手術着の下は何も来ていない状態で看護士さんと一緒に4階の手術室へ。 名前を何度も聞かれる。4階の手術室受付で、そして手術室の前で、そして手術ベッドに寝てからも。 手術着が脱がされ全裸状態に布がかけられた状態。 手の甲と腕の途中に点滴を取るための針が挿入される。 すべて統制が取れて無駄がない。その後、歯医者とかではぐきの麻酔などで使っている 表面の痛みを止める麻酔を打つ。 その後、検査の時と同じように背骨の数を手でさわって確認されマーキングし、 そして、アルマジロのような姿勢となり背骨を大きく曲げる。 そこに痛み止めを恒常的に輸液するためのほそーいカテーテルを入れるための注射をする。 針が入ったらそこにカテーテルをかなり奥まで入れて固定する。まったく痛くもなんともない。 その後、点滴から麻酔を入れる。その後は記憶がない。 ダビンチによるロボット支援式の手術は患者の身体を、頭を下にして斜め15度(?)くらいの状態で施術を行うらしい。 おなかの中に空気を入れてふくらまし、おなかの中の臓器の多くを横隔膜側にずらして 作業する空間を作る。そこにアームが4本?6本?(傷口は6個)入って作業する。 左右の手と3Dカメラが入った状態と言えるのか?立体的に間近で患部が見え操作できるのはとてもいいと思う! これで大きな侵襲や多量の出血、長時間の手術から解放されたと聞く。 そこで、膀胱と尿道の間にある「前立腺と精嚢」を一緒に切除し、尿道と膀胱を直結させ縫い合わせる。 今回は、リンパ節はそのまま温存。また、片側の神経は残していただくことになっていたので、 施術する先生は大変だったと思う。術後妻に石川先生が説明するのだが汗びっしょりになっておられたらしい。 片側の神経を温存しておくことで、将来的に術後後遺症である 1、尿失禁、2、勃起不全 の解消に役に立つかもしれないということでこのような治療の方針が決められた。 13時半あたりに「山下さん」「山下さん」「山下さん」「山下さん」といろんな看護士さんたちに呼ばれて覚醒する。 手術が終わったらしい。麻酔を入れて約4時間の手術。 医療従事者の方々の献身的な態度に本当に頭が下がる。 私も何か医療従事者の方々にしてあげたいと思うのだが何もできないのがもどかしい。 実は、術後に以前もあったのだが20年ほど前の「虫垂炎」の手術の時には 手術が終わる頃、ものすごく悪寒が走り歯がガチガチと鳴った。 今回も同様、麻酔が覚めて猛烈な寒さがやってきた。 歯がガチガチと鳴る。バスタオルや毛布を掛けてくれる。 覚醒してしばらくしたら病室にストレッチャーで移動する。 乗り物酔いみたいな感覚を久しぶりに味わう。三半規管が弱っているのか? 病室に戻った私は「寒い!痛い!」と繰り返す。寒い対策で電気毛布を持ってきてくれ、 痛いのは背中に入った痛み止めを入れたばかりなので 少し時間が経ったら再度痛み止めを入れましょう!と言ってくれた。 その時、病室には数名の看護士さんが居て大変な状態。 こうして、みなさんのおかげで生かされていることに感謝。 日々をちゃんと生きなきゃと今になって思う。 1時間くらい経って痛み止めを再注入していただいて暫くしたら痛みが緩和していった。 そしておとなしくベッドで寝ていたのか?その後の詳細な記憶はない。この日も禁飲食。 口には酸素マスク。麻酔中は気道が確保されていて管が入っていたからだろうか? とてものどが渇く。「みずー」「みずー」と良く映画やドラマなどで「水」を求めるシーンがあるが、 あれが本当に良く理解出来る。 うつらうつらしながらその日の夜を過ごす。熱が38℃以上あり看護士さんが持って来てくれる 水枕が気持ちいい。多分、これまでの人生の中で最も気持ちいい水枕だった。 足元はフットマッサージャーが定期的にふくらはぎをマッサージし、 背中からは少しずつ痛み止めが注入され、手の点滴からは抗生剤などが投与され、 おなかのドレーンからは体内の体液や血液が流れだし、尿道カテーテルからは尿が 尿をためるためのポリ袋みたいなものに溜まっていく。もちろん血の混じった尿である。 酸素マスクは夜になって外され、代わりに鼻から酸素を吸入する管に変更となった。 息苦しさが全然ちがう。うつらうつらしながら朝を迎える、 早朝、看護士さんが尿をためたものを取り出しに来てくれた。 カーテンを開けると素晴らしい朝焼けと美しい朝日。 フェイスガードをつけた看護士さんが長くその美しい景気に見入っていたことが印象に残っている。 大変な医療行為を行っていても美しいものや楽しいものやかわいいものなどに 気持ちが動かされるという人の大きさを感じたのでした。 ちなみに担当の看護士さんは毎日変わる。 8時くらいから夕方までが昼勤務の看護士さん、 その前後数時間が重なるように夜勤の看護士さんと交代する。 そして、医師。主治医の石川先生は固定なのだが一緒にやっている若い医師の方がいろいろなことを手伝う。 さらに薬剤師さん。麻酔の時には麻酔担当の医師と看護師。 そして様々な検査技師。そして清掃の方。リネンなどを毎日届けてくれる方。 病院食を作る方、配膳する方。病院事務の方々。売店の方々、警備の方々など。 本当に多くのスタッフが病院にかかわっている。 このバランスが崩れたら本当に恐ろしいことになると思った。 コロナ禍で医学界が病院崩壊を避けるべくメッセージを発信し続けている理由が実感できる。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
by haruharuyama
| 2020-09-21 06:37
| 運動と健康
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Comments(2)
自分も前立腺全摘出をした。術後、尿パックを使用。邪魔だった。
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