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「前立腺がん日記」2020年 その7 ロボット式「前立腺および精嚢の全摘手術」術後のやや長い入院そして退院(後編) 術後5日目、2020年9月14日(月曜日) 月曜日になると通常の病院業務が戻って来てにぎやかな感じ。 ナースステーションでの申し送りの会議なども人数が多く活気がある。 この日は新聞の休刊日。 私自身は特に変わらず「三体Ⅱ(下)」を読みながら時々「NHK+」でニュースを見て、 スマホでメールとSNSのチェックをする。 PCやスマホが普及する前はメールとSNSのチェックが これだけ時間がかかる作業になるとは思わなかった。 これらの作業を一括で閲覧処理できる仕組みがあると 課題解決のひとつになるのでは? 朝の検温は36.4℃。午前中遅めに36.8℃。午後は37・4度と体温が上がっていく。 静かに本を読む。といっても何時間も集中できないので 30分くらいすると休憩して散歩したり水を飲んだり窓外を眺めたりする。 翌日、検査があるので尿道カテーテルを付けた状態でシャワーを浴びる。 カテーテルは扉の外に出してそこに点滴台を置いてシャワーを浴びるみたいな感じ。 夕方にようやく「三体Ⅱ(下)」を読了。この「三体」シリーズは三部作らしく 今度ネットフリックスで連続ドラマになるらしい。 スタッフはゲーム・オブ・スローンのスタッフだとネットニュースで見た。 また100億円以上の制作費をかけてやるのか? 哲学的な部分も多いので脚本をかなり慎重に検討しながらやる必要があるのでは? 原作者の劉慈欣(りゅう・じきん)もスーパーバイザーに加わっているので 彼の想像する世界観を共有して、西洋的ではない東洋の思想も加味された作品になることを期待する。 続いて、購入したままになっていた、村上春樹の最新短編集「一人称単数」を読み始める。 この短編小説集はいろんなパターンの短編小説が詰まっている感じ。 個人的に一番好きなのは「品川猿の告白」だった。 村上春樹の小説を読み始めてからもう40年が経つ。 村上さんと同時期に生きていることの幸甚を感じる。 熱が出て来た感じなので、そのまま眠る。 まだ肩や肩甲骨の周辺が痛い。一瞬「リンパ浮腫」?を心配したのだが 結果まったくそんなことはなかった。そもそもリンパ節を切除してないし。 術後6日目、2020年9月15日(火曜日) この日、オンライン会議があったので10時前から10階のラウンジにPCを持ち込み、 イヤホンを付けて会議。ある新たなプロジェクトを進めていくための会議。 私を入れて主要メンバー4人。部署も世代も本当にバラバラの多様性を 絵にかいたようなチーム。しかし、それを越えてある種の「絆」があり、 新たな地平に進みだそう!としている熱量を感じるチーム。 なので、会議していてもテンポよく簡潔に課題を共有でき、 それに対して経験があるものは応え、ない場合は解決の仮説を立てて 各自が独自に動く。 出来る事と出来ない事、やりたいこと、学びたいことが混在せず 明確に分けられ、それを認識しながら前へ進んでいる。 こんな人たちがいるんだからうちの会社は大丈夫だああ!と感じていますが、 いかがでしょうか? あとはモチベーションを持続するチカラ。落合陽一さんが何度となく話していることです。 2時間近くに及ぶとさすがに術後なので疲れてくる。 尿道カテーテルが入っているのでトイレに途中立たなくてもいいのが良かった。 ちなみに手術の時に入れてくれた尿道カテーテルは検査の時のそれとは 素材が違うのか痛みも少なく違和感も少ない。 チューブ自体は明らかに太いのに。 携帯電話でオフィスの工事のことを何軒か連絡し急いで病室に戻った。 すると事務の方が来て12時半から「透視室」で膀胱と尿道をつないでいる部分が きちんとつながっているか隙間から漏れはないか?という検査を 12時半からやることになりました。時間を見ると12時10分。 なので、昼食は取りおいてもらって、1階の「透視室」の前で呼ばれるのを待つ。 しばらくすると検査の担当の看護士さんが呼びに来てくれて部屋の中に入る。 尿道のカテーテルからX線の造影剤を注入しそれを撮影し 医師に確認していただくというもの。 診察台のベッドの上にモニターがあるのでリアルタイムで見ることが出来る。 X線を照射しながら同時に造影剤を入れてそれを動画で撮影するという感じ。 一秒に12コマくらいを撮影して、フレーム間は自動補正して 1秒24コマ(映画館で映写するコマ数)にレンダリングしてその映像を見るということをしているらしい。 あとで検査技師の方に教えていただいた。 そうするとカテーテルから造影剤が膀胱に入る様子がわかる。 まずは完全なあおむけでそれ数回やり。その後右の腰を上げて1回、左の腰を上げて1回、同じことをする。 若い先生がそれを見て、問題ないとのことで その場で尿道カテーテルが抜かれる。 9月9日から7日間連れ添った私の「尿道カテーテル君」さようなら。 その「尿道カテーテル君」と「尿がたまったバッグ君」を固定した点滴台を連れて、 愛犬とともに病室へ帰っていく、そんな感じです。 愛犬「カテーテル&バック君」をベッドの横に置いて、すっきりしたのだが、 ここから、術後の後遺症である「尿漏れ」が始まる。 紙おむつの中に売店で買ってあった「尿漏れパッド」を装着する。 トイレに行って便器の前で紙おむつを下げてパッドをつけようとすると まさに「だだ洩れ」とはこういうことだよね、みたいな感じでおしっこが 尿道からポタポタと流れ出る。それを尿漏れパッドに受けながら 慣れない紙おむつに収納していく。 この後、飲水量と尿量(尿漏れした尿量と自分で出した尿量)などを記入する シートをいただく。ちゃんとデータを取ってそれで今後の方針を決めるためのものだ。 まったく尿意がない、多分そのまま「おしっこ」が漏れ続けているのだろう。 時々、思い立って、トイレに行ってみようとすると、少し意識すると少し尿が出る。 尿意がないままおしっこが出るのは赤ちゃんとかも、そうなんだろうか? 村上春樹「一人称単数」読了。 病室で待っていてもお昼ごはんが、なかなかこなくて受付の係りの方のところにいくと 看護士さんとお話されていてしばらくして行ってもその話はまだ続いていた。(涙) 諦めて病室へ戻った。14時過ぎに看護士さんが来てくれてお話したらお昼ご飯もやって来た! 夕方になって久しぶりに何も管がない状態でシャワーを浴びる。 病院のシャワーの予約表に書いてその時間に入るのだが 最初30分単位だったのをシャワーにそんなに時間かかるんだろうか?と思っていたのだが この日はほぼ30分ギリギリだった。 紙おむつの処理、尿漏れパッドの処理、そしてシャワーで身体を洗い、ひげを剃り、頭を剃る。 ローションをはたいて水をバスタオルで落とし、バスルームと洗面脱衣所をきれいにし、 傷口あたりはタオルで軽く押してさらに乾燥させ、汗がひいたら 新たな尿漏れパッド付き紙おむつを装着してパジャマを着ると30分かかりました! 人によっては時間が足らない方も出て来るのだろう。 だから介助しながらの入浴やシャワーの時間が取られているんだと始めて知った。 術後7日目、2020年9月16日(水曜日) いつも朝の5時前後に起床!寝ている時はおしっこが漏れないことが判明。 少し尿意がありトイレに行くと300cc近いおしっこが一気に出た。 ということは膀胱にきちんと「おしっこ」が溜められていることになるらしい。 横になっている時だけでなく立っている時や座って作業している時も 膀胱におしっこがちゃんと溜まって尿意があってトイレに行って用を足すのはいつになるんだろう! 7時過ぎに売店でいつもの「日本経済新聞」と「お水」購入。 この日は10時~会社の社内向けセミナーで 副社長であり偉大なCMディレクターである「なかじましんや」さんが、10回にわたって 自分の半生を語るというシリーズの第1回目だった。 生まれた時から大阪での学生時代の事、東京の武蔵野美術大学でのこと、 そして東北新社に入ったこと、初めての演出のこと、そして演出の仕事を 撮影直前になって交替になってしまったこと。 その後、どうやってそのショックから立ち直ったかのことなどが、 まるで自叙伝でも読むような感じで物語として伝わって来た。 稀代の語り手だと思った。 なかじましんやさんはラジオ番組のレギュラーなどをされていてその経験もあってか 本当にお話がうまい。毎回、感心して聞き入ってしまう。 決して講談調とか劇的に語るとかがないのに 「劇的なドラマ」がその穏やかな語り口から見えてくる。 この10回のシリーズはうちの会社にとっても貴重な人材教育のためのコンテンツになると思った。 この病院には「尿漏れケア」を専門にしている看護士さん?が居て この日病室に来ていただいた。大切なのは毎日「骨盤底筋」を鍛える体操をするということ。 術後すぐから開始して改善しなくてもとにかく続けるようにと言われた。 尿漏れは一般的に「前立腺全摘手術」の場合3か月から6ヶ月は続くらしい。 しかも6か月が過ぎるといくら「骨盤底筋体操」をしてもそれ以上には改善しないと言われた。 現実的に出来る方法をいくつか教えていただいた。 そして男性用の「尿漏れパッド」についてもうかがう。 男性の場合おしっこの出る前方だけにあてるナプキンみたいなパッドが各社から出ていて、 この中のどれでもいいです!などと実物などを見せていただき説明してくれる。 安心するのとともにちゃんと「骨盤底筋体操」をちゃんとしないと、と、ちょっと緊張する。 この日は薬剤師さんとかが来て明日退院ですね!みたいなことを言ってくれたので 「ええええ!ほんまですか?」と直接は言わないが心の声が叫んでいた。 その後看護士さんが来て「退院決定ですか?」と訊いたら「そうです!」と答えてくれた。 主治医の石川先生も超忙しいのに毎日病室を訪ねてくれて本当に感謝。 最近ボストン型の眼鏡を買われたのかとても似合っている。 手術のあとそのまま病室に来られることがおおいので手術帽でマスクに手術着という恰好! なので「目元」だけで表情を確認し会話するという感じ。 石川先生からも退院した後の生活などについてのお話を伺う。 やはり言われたのが「骨盤底筋体操」のことだった。 尿道括約筋や肛門括約筋は骨盤底筋の一部なので この筋肉を鍛えることで尿漏れを改善することができるらしい。 簡単に言うとおしっこを切る時の筋肉。肛門を閉める時の筋肉。 うんこが漏れそうな時に活躍するのがこの筋肉。 いただいたチラシにはオナラをがまんする時の感覚とか書かれている。 あとは自転車やバイクに乗ることはしばらく自制。 というのはサドルのちょうど上あたりが前立腺があったところなので 縫合部を圧迫するのを避けるためだと思われる。 さらにアルコール類の摂取や、性生活は控えてくださいと書かれている。 性生活はこの年になるとほぼ解脱の境地なのだが、 アルコールの話を先生にすると、 飲むときは「尿漏れパッド」をたくさん用意してということらしい。 また術後しばらくしたら飲んでみてくださいとも言われた。 要するに自分で自分の身体の声を聴いて うまくつきあっていくというのが本当の意味での真理かも知れないな!と先生とお話をしていて思った。 ルールがありきではなくて、身体はそこにあるから身体の声を聴くのは当然ですね。 いつまでは何をしてはいけない!などは個々の状況によって変わるというのは良く考えるとわかる。 こうした個々へ応じて柔軟に対応していくというような物事の捉え方を 現代人は忘れつつあるのではないのだろうか? 「会社のルールですから守ってください!」「校則だから守りましょう!」って、 そのルール、この時代にほんまにほんまですか? 時代や環境に合わせてルールは変えて行けばいい! 実際、コロナ禍でいろんなルールが短期間で変わっていませんか?個人の価値観さえも! とにかく退院が決まったので、2階の文書センターに、保険会社に提出するための 入院証明書についてのお話をうかがうべく訪問した。 私の生命保険には退院後の通院保障もついているので、 どうすればいいかを保険会社の方と相談して改めて申請することにした。 (退院後に保険会社に訊くと、疾病入院給付金+手術給付金のほかに 退院後120日以内に通院した日には通院保障がつくらしいということが判明した。 また高額医療制度というのがあり、その方の収入によるが 大体普通の方だと月額の医療費が9万円以上は国に負担してもらえるらしい。 手術や入院にかかった費用は、先に払っておき、あとで返戻されるらしい、 というのは人事の担当者が教えてくれた。手持ちの現金がない方は事前に 高額医療の控除をする制度があり それは事前に申請してしかるべきものを発行してからということになるらしい。 「限度額適用認定証」というものだそうです。) これからシャワーを浴びようかなという前に若い先生がやってきて 明日退院というお話をさせていただく。何か投薬などで必要なものがありますか? というので肩が痛いので万が一のための痛み止めと痛み止めのはり薬をと話をすると 処方するので持ち帰ってください!とのこと。 退院1日目に痛み止めを飲んで寝たら熟睡できました。ありがとうございます。 シャワーを浴びる時に内視鏡などを入れた「創」(そう=傷のこと)に張ってある シールをはがしていいですよ!ということでシャワーを浴びる時に全部剥がしてシャワーを浴びた。 後で分かったのだが「創」に直接貼ったガーゼのようなものは「かさぶた」になった時に 自動的にはがれてくれるのでそのままにしてください!とその若先生に言われた。 なので、翌日の朝、退院前に若先生にそのかさぶたの上シール?を貼っていただきました。 その時ハサミを持って来てくれたのが手術直後の夜勤の看護士さんだった。 若先生にお礼を言ったあとその看護士さんにもあの時はお世話になりました!と言えたので良かった。 看護士さんは「わたしのこと覚えていますか?」とおっしゃっていたが 実は生検の時に手術室に一緒に行ってくれた方だったというのと 今の学校の以前の教え子に似ていたので印象に残っており良く覚えていた。 さすがに退院前日なので体温も36℃台で安定してきた。 入院が伸びたらどうしようといろんなことを考えていただけに後半はあっけなく、 ただし「おしっこは漏らしながら」退院の日を迎えるのでした。 特に、退院後すぐの現場仕事のことと入院時に読む本がなくなるのでは というのが大きな二つの理由だった。 術後8日目、2020年9月17日(木曜日) いよいよ退院の日。朝5時起床。 16日あたりからこの「前立腺がん日記」を書き始めた。 これから経験される方にも細かな気になることがわかればいいなとこまごましたことを書き込んでいくと かなりの分量になってしまった。 でも事前に情報として知っておくだけでも「不安」は解消できるのでは? 痛さや寒さやしんどさは本当に人によって違うが、何のためにこれをしているのか? この後どうなっていくのか?ということの一部でもわかれば 患者サイドのひとつの案内となってくれるといいと思う。 売店で「日本経済新聞」を購入。 最後の病院での「朝ごはん」をいただく。食べ終わると、昼勤の担当看護士さんがやってきて 最後の説明をしてくれる。みんなが口々に「骨盤底筋」の話をするので それを聴くと自然とおしりにきゅっとチカラを入れるようになっていった。 若先生の処方した痛み止めが来たらそれを持ってそのまま退院できますよ!とのこと。 最後に左ひざのことを再び記す。弾性ストッキングで締め付けその後の 術後のフットマッサージでひざの裏を閉めすぎたのか? 術後2日目ストッキングを外した直後から左ひざの裏がうっ血したように痛くなり 足が痛くて伸ばせなくなる。歩くと痛さを感じるようになり3日間ほどそれが続いた。 おちついてくるとその痛みが今度はひざの方に移動するそしてそれがまた2-3日続く。 それを守るためなのか階段を歩くと今度はひざ周辺に筋肉が痛みを帯びてくる。 このように私たちの身体はいったんどっかのバランスが崩れると それを修正しようと次々と連鎖反応が起きて来る。 動的平衡という言葉を福岡伸一先生の著書で知ることとなったが まさに絶妙な「平衡」の上で私たちは生かされている。 それは多分この「地球」も同じなのでは。私たちが資源を使いすぎて気候変動が起き、 これからさらにこの環境の平衡状態が崩れてしまうのではないか?と恐れています。 10時少し前に看護士さんが持ち帰りの薬を持って来ていただき、 私はその前後で荷物の整理をする。 もちろん紙おむつと尿パッドを装着しているのだがワイドフィットパンツを履いて来たので 見た目はわからない!そうして、同じ病棟にいた患者さんにご挨拶して病院を出る。 久しぶりに広尾駅までの坂道をゆっくりと歩く。 途中、やはりひざの周辺が痛くなる。時々休んでひざを休ませる、 そうして20分くらいかけて駅に到着した。 こうして私の10日間にわたる「ロボット支援の前立腺がん全摘手術」は退院とともに終わった。 この後の術後の日常生活と、通院などに関しては時々書いていきます。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
by haruharuyama
| 2020-09-22 08:10
| 運動と健康
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