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「夏の砂の上」玉田企画(@BUoY) 作:松田正隆、演出:玉田真也。 1990年代後半に書かれた松田正隆の傑作戯曲を、 あのコントもドラマの脚本も手掛ける玉田真也が演出し、 それを玉田企画公演として上演した。初日観劇。 BUoYは北千住駅から南へ歩いて10分強の場所にある。 東京芸大のキャンパスがありそれを超えて氷川神社を過ぎたあたり。 以前はボウリング場と大きな銭湯(サウナ?)があったビルをスケルトンにして 躯体をむき出しにした状態で再利用されている。 劇場自体は地下にあるスペースが使われている。 真ん中に大きな柱がありそこを避けるような形で舞台がしつらえてあり、 正面と上手側の二方向からお芝居を観ると言う状況。 トイレは二階にあります!と行って見ると、素敵なカフェが二階にあり、 そこはある種のコワーキングスペースかシェアオフィスの用途で使われているようなカフェ。 お洒落な人たちがここに集まってマックブックなどを使って仕事をされていた。 飲み物や軽食もあるみたいで一日中ここにいる方もおられるのではないだろうか? これからWITHコロナそしてアフターコロナの働き方として こうしたスペースは増えていくのだろうな!? 劇場には「フジテレビ」と「メーテレ」からお花が届いていた。 局のプロデューサーが玉田真也の才能を応援していることが伝わってくる。 最近演劇界からドラマの脚本を手掛ける人が増えているような 気がしているのは私だけだろうか? 自由に本を書ける演劇という表現形式が 作家の方々に新たな才能を賦与してくれているのかも知れない。 最近は原作もののドラマ化や映画化だけでなくオリジナル脚本で勝負! という流れが出来つつある。 自分たちでオリジナルのIPを持って商売をしよう!ということなのだろうが、 ネットフリックスやアマゾンプライムなどの配信が拡がっている 現状がこうした方向に変化した原因のひとつでは? 制作者たちは矜持を持っていいものを作り続けていけるような時代が すぐそこに来ているといいのだが。 表現のメディアとして演劇ほど自由な形式はない。 私も今年はコロナで観劇本数が減ってしまっていたので、 今年は、昨年以上にちゃんと演劇(小劇場演劇)に向き合う年にしたいな! と自省を込めて宣言します。 と言いつつも、この日は、東京で感染者がまた3000人を超えた中、劇場へ向かう。 検温・手指消毒。そして座席には連絡先を記すカードが置かれており 観客はマスク着用、換気がされており時々換気音が聞こえてくるという 万全の体制での上演だった。 ピーティックスで申込み、それを受付で提示して紙のチケットを受け取る。 私が、松田さんの「夏の砂の上」を見たのは2004年だったのでは? こまばアゴラでの公演だったか?演出は平田オリザ。 私がこの観劇ブログを始めたのが2006年の2月なので当時の感想は残っていない。 ただ松田さんが故郷の長崎を舞台にした本作や「月の岬」などは 後世に語り継がれる傑作。 地方都市のある種の閉塞的な感じ、そして濃厚な人間関係がセリフを通して描かれる。 玉田真也と言えば、思春期の男子を扱った性春(「青春」?)の微妙な揺れ動く気持ちを 描いた作品が特徴で、そのとぼけた感じとそこから自然と生まれてくる笑いに定評がある。 平田オリザ演出との大きな違いは、本作でも成熟した大人同士の関係を描きつつも、 やはりそこに同居している16歳の姪っ子(祷キララ)とコンビニでバイトする 大学生の先輩(岡部ひろき)との会話に象徴される。 まさに玉田真也、あるいは玉田企画らしい仕立てになるのが興味深い。 誰が演出するのかによってこんなに変わるんだ!と。 それは落語家が古典の噺をどのように解釈してどう演じるのか? と言ったことにも似たような感じと言えばいいのか? この若者二人の関係のシーンを観に行くだけでも一見の価値がある作品。 そしてキャスティング=俳優によってその印象も大きく変わる。 以下、物語のネタバレあります。 ある男(奥田洋平:青年団)の家が本作の舞台、その近所で別居している妻(坂倉奈津子:青年団)。彼女は時々、私物を取りにここにやってくる。 二人には子供がいたのだが4歳の時に事故で亡くなった。 そこに男の妹(浅野千鶴:味わい堂々)が16歳になる娘(祷キララ)を連れて やってくる。長崎の高台の家だろうか?時々水が来なくなり断水する。 1990年代なので携帯電話もない時代。 妹は福岡の中州である男に新たにスナックのママをやってくれと誘われた。 店が軌道に乗るまで娘を預かって欲しいとやって来た。 そこから奇妙なおじさんと姪っ子の同居生活が始まる。 そこには友人たち(用松亮、山科圭太)などが居て、いろんなことが起きる。 それらの様子を松田が書いた長崎弁で俳優たちが演じる。 「そして人生は続く」系統のものと私が勝手に呼んでいるのだが 本作もまさにその系統にあるもの。 コロナ禍で閉塞感が強くなり、その中でみんながある我慢をしながら 生きていかねばならない、その状況がこうした 「そして人生は続く」ものが多く上演されるようになっている理由なのだろうか? それとも私の好みがそこに向かっているのか? こうした状況下なので、こうしたものを観ることが増えたのか? わからない。 最初は俳優の演じ方がどうかな?みたいな微細な違和感があったが、 しばらくするとその違和感もなくなり物語の世界に入り込む。 そして、静かな長崎の高台の彼らの生活に寄り添うようになっていく。 見ていて、ある時点から、これはある種、 いくつかの欠落を抱えた人たちの物語ではないだろうか? そのことに気づいてココロの奥に何かググぐっと来るものがあった。 そして、この出演者たちと同じく私も多くの欠落を抱えながら、 しかもその欠落の数が増えながら生きている一人であるな! と自覚させてくれた。 上演時間2時間。1月23日まで。 ![]() ![]() ![]() ![]()
by haruharuyama
| 2022-01-14 09:49
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