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「岸田國士戦争劇集」(『動員挿話』『かへらじと』)DULL-COLORED POP第25回本公演(@アトリエ春風舎) 構成・演出:谷賢一 岸田國士戯曲賞を受賞したい!というのは多くの劇作家の目標ではないか? 本作の構成・演出をされている谷賢一も『福島三部作(「1961年:夜に昇る太陽」「1986年:メビウスの輪」「2011年:語られたがる言葉たち)』で2020年に受賞された。 その谷さんが何故、自身の劇団の公演に岸田國士の戦時の戯曲を選んで 上演することを決めたことが折り込みの「御挨拶」に記されている。 そして、来年は「岸田國士と戦争(仮)」と本公演の再演が予定されている。 谷さんが集中し始めるとその世界の中にとことんのめり込む作家。 本作にもそれが伺える。 連休中日の日曜日、Wキャストでの公演11時~白組、15時~紅組を観劇。 同日、同じ演目をキャスト違いで見ると言う経験は初めてのこと。 2回見ることによって戯曲に書かれている詳細な意味やニュアンスが良く理解できる。 逆に言うと1回見ただけでちゃんと私たちは演劇作品をきちんと見ることが出来ているのか? という気にもなってくる。1回目の観劇では気が付かなかったことが2回目で見えてくる。 ここは、そういう意味だったのか?みたいなことが。 なので、来年の再演を見るとまたさらなる発見があるのだろう! 演出の谷さんは連続して稽古から何度もこの作品を見続けているが、 そのプロセスにとても興味を持った。 多分、台詞の細部にまで宿された岸田國士の想いやその奥の文脈までを あぶりだそうとしているのではみたいなことが感じられる。 そしてWキャストで俳優が違うのでそのことによる印象が まったく違って見えてくることが良くわかる。 俳優自身が持っている身体(それは顔や髪や体型などのすべて)から 醸し出される何か?特に声にはその特徴が良く出る。 そして喋り方。さらには表情、しぐさ。 俳優が演劇に立ち向かう時にこうした自身の身体以外にも様々な要素があり それらの要素を総合的に自らの身体を使って表現しなければならない。 ある種、技術的な側面もあり、同時にこれらの物語が持つ流れから生まれてくる 役の感情をもコントロールしなければならない。 そういう意味でも演じ方には無数の解が存在する。 それを私たちは同時体験させていただくのだが、 多分、これは厳密に言うと毎公演違うはずなので 私たちが演劇を見るということはまさに「一期一会」。 そう思うと私の人生での演劇体験があと何回見られるのかわからないが とても愛おしいものに思えてくる。 舞台美術がまるで能舞台のように感じたのは私だけでしょうか? 間口2軒、奥行き1間半の6畳間の板敷き。 その奥には真っ白な細いひもが無数に吊るされており、それがスクリーンのようになっている。 先日、中村勘九郎が出演していた舞台「バイオーム」でもこの美術が使われていたが、 この美術はこのひものスクリーンがまさにプロジェクションが出来る スクリーンになりさらにはそのスクリーンから俳優が出入りできるというところ。 2Dの世界が1次元増えて3次元を獲得した。 次元が上がることの可能性の拡がりにワクワクする。 本作でもそこに映し出される映像が加味されることによって 岸田國士本人を歴史的な文脈から理解することにおおいに役立っている。 岸田國士は1890年に生まれて1954年に63歳で亡くなっている。 その岸田が1940年から42年にかけて大政翼賛会の初代文化部長に就任し、 戦後公職追放された。 その岸田が1927年に書いた「動員挿話」と 1943年に書かれた「かへらじと」を間に短い 「戦争指導者」(1943年)をはさんでの上演。 2作の間で戦時の状況が大きく変わったことも影響しているのだろう! しかしながら、あの時期に「動員挿話」などが良く上演出来たな!?と思いながら見ていた。 馬丁の妻が雇い主の主人に対して 「夫を戦争に行かせたくありません、ずーっと一緒にいたいからです。 無理でしたら仕えている奉公の仕事を辞めても構いません」 というような意味の事をまさに不退転の覚悟で言わせている。 今の時代でもこんなことが言えるだろうか?と 会社員である私などは戸惑ってしまう。 自分が信じるものがありそれが揺るがないことがこうした強さを生むのか? これこそ完璧な反戦の戯曲ではないのか? 終戦2年前に書かれた「かへらじと」では時代の要請などもあり描き方が変わっている。 チラシの裏に書かれていた部隊長の台詞 「戦場においては、死にまさる奉公なし」 「明日は五人倒せ。明後日は六人倒せ。そうやって百人倒したら、わしがまた会おう」 という言葉は当局の検閲を意識したからの台詞だったのでは? しかし、この作品を通してみると友情とその地域と家族との絆の話であり、 そこから導き出される感情はまさに非戦の感情である。 人の命を投げ出すようなことに何があるのか?という実存が感じられる。 岸田國士はそのキャリアから文化部長などの役職に就き、 戦争指導者とみなされ公職追放となったが、その心中はいかがなものであったのかと推し量る。 戦争画を書いた画家、藤田嗣治の想いなどとも重なり、 戦時の芸術家が生きていけなければならないことがどれだけのことだったか? ということが本作を通して伝わって来る。 芸術とは戦争とまさに対極にあるもの。 そのことに私たちは自覚的であり芸術の自由を絶やすことがあってはいけない。 と教えていただきました。 また、亡くなった方がその身体を微動だにせずにそこに居て、 井戸や祭壇からこちらをまばたきもせずただ見ている演出。 このまったく台詞のない身体だけからものすごくリアルな感覚が伝わってくるのも印象的だった。 上演時間合計2時間強。7月19日まで。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
by haruharuyama
| 2022-07-18 07:49
| 舞台
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