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「宮沢章夫さんのこと」 1985年に東京に出て来て働き始めた。 社会人1年生の時期に「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」という 演劇的なコントユニットが登場した。竹中直人さんやシティボーイズの面々、 そしていとうせいこうさんなどが登場してコントを繰り広げる。 公演会場は当時もっともおしゃれな場所だと私が思っていたラフォーレ原宿。 これを見に来るお客さんたちも洒落た人たちばっかりで、 しかもそこで行われていることがナンセンスなギャグ満載のパフォーマンス。 今ならパフォーミングアーツの一形態などと言うのだろうが、 20代前半でこれを見た私は度肝を抜かれた。 こんなに面白くて洒落ていてある種の知的刺激を与え続けてくれる。 この作家が宮沢章夫さんだった。 そして、それから40年近くが経ち。先日、宮沢章夫さんが65歳という若さで亡くなったことを知った。 私と5歳しか年が離れていないことを知り愕然とした。 宮沢さんの著書「牛への道」「彼岸への言葉」などの文章がまた面白く、 日常の中に起きるちょっとしたことを、宮沢さんは別の視点からとらえ その奇妙な面白さにフォーカスをあてていく。 それが脱力系の「笑い」を生んでいく。 60年の人生の中でも「大笑いした一冊」の中に宮沢章夫さんの著作は確実に入ると思う。 そして、宮沢さんは「遊園地再生事業団」という演劇ユニットを立ち上げられる。 私自身はそう熱心な「遊園地再生事業団」の観客ではなかったかも知れない。 山崎一さんが登場された公演を見たのが初めてだったかな? 哲学的でシュールで一見難解なその作風に少し戸惑いながら。 このような演劇をやっている人がほかにいなかった! 宮沢さんは独自のポジションを築いていかれたのか? 演劇好きの仲間たちと演劇のフリーペーパーを発行している時期があり、 塚田さんが宮沢章夫さんにインタビューに行ったというエピソードを思い出した。 宮沢さんが逆質問して来られ顔が真っ赤になってしどろもどろになったとか? ファンすぎるとインタビューが逆に難しくなるのかな?とその時に思った。 そして、宮沢さんはその後アカデミックな世界と表現の世界の両軸で活動をされるようになる。 最初は、京都造形芸術大学の先生になられ、その後、早稲田大学に。 どちらも、いまの演劇界になくてはならない大学でもある。 まさにその時期に、並行して宮沢さんは後世に残る大仕事をされた。 NHKのETVでの「ニッポン戦後サブ・カルチャー史」という連続講義式の番組。 私の20代以降の人生を振り返るとまさに「サブカル」文化の申し子だった。 それは、音楽から始まり、ファッション、コント、演劇、そして映画などの映像作品、 そしてゲームや漫画に至るまで、さまざまな表現が登場し、 ありとあらゆるそれらの表現が刺激的な時代だった。 その中に私が生涯の仕事とすることになった「広告」があった。 「広告批評」が創刊され、そこでの特集が私たちの興味の範囲を広げていった。 「小劇場演劇」もまさにその流れの中で興味を持ったこと。 同時に80年代の出版文化はある意味での爛熟期を迎えていく。 最初に働き始めた制作会社の「テレコムジャパン」とも関係が深かった「話の特集」。 糸井重里さんが連載を持たれていた「ビックリハウス」。 そしてサブカル文化のけん引役となっていた当時の小さなサイズの「宝島」。 「宝島」でケラリーノ・サンドロヴィッチさんの名前を初めて知ったのを覚えている。 「スタジオボイス」のロングインタビューで刺激を受け、 「流行通信」のファッション写真に刺激を受けた。 「ロッキンオン」の渋谷陽一にあこがれ、彼のロングインタビューをいつも楽しく読んでいた。 そして、渋谷陽一さんやYMOのメンバーや山下達郎のラジオ番組などなども! 青年コミックも「ビッグコミックスピリッツ」なども創刊され。高野文子のような才能が登場する。 「ガロ」みたいなインディペンデント系の漫画雑誌もあり、 六本木の青山ブックセンターはそうした知的刺激の宝箱だった。 それらの文化的な成熟を、企業として後押ししたのは西武グループの流通の 総裁だった堤清二さんだったのは言うまでもない。 六本木に「WAVE」という大きなレコード店がOPENし 地下にはアート系の映画館があり、そこで初めて「ゴダールのマリア」という映画を見た。 そんな時代だった。 糸井さんは堤さんと一緒に西武グループのキャンペーンを手掛け 「おいしい生活」は映画監督でありニューヨーカーでもある ウッディ・アレンの起用とともに私たちを広告業界にいざなうのに十分なキャンペーンだった。 私は、大学を卒業するための卒論のテーマに糸井さんを選んだ。 「糸井重里と彼をめぐるメディア状況の変化について」という題名だけを覚えている。 そんなサブカルの時代に育った私は、 宮沢さんの出演された「ニッポン戦後サブ・カルチャー史」に大いに刺激を受けた。 宮沢さんの解説と解釈が面白くそのしゃべりとともに私の記憶の底に強く残っている。 NHKアーカイブとして大きな価値のあるコンテンツではないでしょうか? 最後に宮さんの舞台を見たのは2018年の「早稲田どらま館」で 上演された「14歳の国」だった。 詳細は、https://haruharuy.exblog.jp/30054767/ ちょうど4年前のことである。 そして昨日、宮沢さんの訃報を聞いて、泣いた。 ![]() ![]() ![]()
by haruharuyama
| 2022-09-21 10:10
| 舞台
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