「ユラウ」喜界島サンゴ礁科学研究所(@こまばアゴラ劇場)
作:宮崎玲奈、演出:山下恵美。出演:根本江理 南波 圭 林ちゑ 伊藤 拓(以上、青年団)
解説:渡邊 剛(北海道大学)
青年団と喜界島サンゴ礁科学研究所の産学ではなくて芸学(芸術と学問?)共同のプロジェクト。
こうした新しい取り組みに軽―く参加する青年団という組織のフットワークの軽さを尊敬します。
今年の8月に「喜界島」という奄美大島の東にあるすべてがサンゴで出来た島に
大学の先生たちと有志の学生たちが2週間滞在してフィールドワークを行ったらしい。
その研究発表の展示がこまばアゴラ劇場の一階のロビースペースで展示されている。
そして、青年団の作家や演出家、俳優たちが喜界島に行って見聞きしたことから創作し、
喜界島のガジュマルの木の下で屋外公演を行ったらしい。
その公演の場所をアゴラ劇場に移しての凱旋公演とでも言うのだろうか?
研究と展示、対話と、演劇が一体になったプロジェクト。
それらを通して丸ごと「喜界島」について考えてみようというもの。
何かを考えるきっかけになる芸術として「演劇」というジャンルはとても向いている。
「演劇」はそれをきっかけに観客に考えることを与えてくれる「芸術」であると
定義してもいいと思っているのは私だけだろうか?
喜界島は十万年前からサンゴ礁だった場所が徐々に隆起をして島になり
そこに人が住むようになった場所。毎年2ミリだったかで島は隆起を続けているらしい。
最大標高が200メートルくらいの島。
地層がサンゴ礁だったので雨水が地下に蓄えられており
島民たちはその水を利用して暮らしている。川がないけど水があるという島。
すべてがサンゴでありサンゴの遺骸とも言える。
本作はそのイメージを宮崎さんが大きく拡大解釈して創作したもの。
見終わってこれは喜界島を舞台にした「現在・能楽集」なのではないか?と思った。
輪廻転生しながらすべての生き物は循環し歴史を作っている。
そんなことを感じさせてくれる。
この島の恵みを受けて持てる人が持てない人に分け与えシェアしながら暮らしていくような生活。
人類の本質的な営みがそこにある。
その自然の中での島民たちの交流が描かれるのだが、これが夢幻能かと思われるような作りになっている。
何が現実で何がそうでないのかかがわからなくなる。
音響効果で波の音がうっすらと聞こえてくる。
ラグーンに囲まれた穏やかな日の喜界島の海はこんな感じなのかな?と思いながら、
見ていてその揺らぎに吸い込まれるように眠くなる。
これも「能楽」と同じような原理。
「ゆらぎ」の中での私たちの生活がそこで繰り返されるだけの物語。
大きなことは何も起きない。
そのことが実はいちばん幸せなことでもあるということをコロナ禍は教えてくれた。
「島民」やそこに現れる青年たちは「まぼろし」なのか?それともサンゴなのか?
サンゴ礁の恵みが島を作りそこに生を与えてくれたのだから、
この島の生きとし生けるものはまたサンゴに戻り循環を続けているのだろう。
本作は冒頭に渡邊先生からの喜界島に関するレクチャーがあるのだが、
そのレクチャーの中で島の精密なジオラマにプロジェクションマッピングされる演出が素晴らしかった。
島の過去と未来がその中で描かれ変化していくのを目の当たりにする。
そのことが本作の演劇につながっていく。
演出の山下さんが上演前に私たちに教えてくれた島の踊りも本作への導入として
自分の身体との連携を感じさせるものだった。
この演劇は「考えるな感じろ!」と言うブルース・リーの言葉ではないが、
そんな気持ちで、全身でその感覚を味わうというのがいいのかも知れない。
上演時間 レクチャー20分程度+上演50分程度 70分強の作品。
喜界島の地図などももらった。12月22日まで。









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