横内謙介作・演出。扉座の前は、「善人会議」という劇団名だった。
横内謙介は見た目は若いが僕と同じで40代半ば。
もうキャリアは長い。
ドラマの脚本なども書き、他の劇団やプロデュース公演にも
積極的に脚本を提供している。
今回は、老人の話。登場人物の平均年齢は一体何歳なんだろう?
80歳くらいだろうか?
しかしながら、こんなに高齢の役者ばかり揃えることはなかなか難しい。
そこで30代~40代の役者たちが老人の扮装をして演ずる。
昔の、いじわる婆さんがまさにそうであった。
まだ青年の青島幸男がいじわる婆さんを演ずる。
まず発声が違う。若いと声につやとハリがあり全く老人の声ではない。
次に、身のこなしが違う、
どこがどうということは専門家でないのでうまく語れないのだが、
筋肉や骨の老化によって変化してくるだろう身体の動きが違うだろうことは
見ていてすぐに感じ取れる。
その年齢のギャップによるところの違和感が
払拭されるまでに暫くの時間がかかった。
今回は紀伊国屋ホールのかなり後ろの方の座席で見たのだが、
この舞台はもう少し小さなところで濃密に行なわれた方が
よかったんじゃないだろうかと思っている。
新宿ならシアターTOPSくらいで。
その濃密な空気の中で老いをベースにした
物語を見て見たかった。
あっと言うまに、僕もひとごとでなくなる。
最初、ねばねばランドとは何だろうか?
いったいこれは何の話なんだろうか?と思っていた。
そこに岩本達郎演じるところの、良造(年齢不詳・水先案内人)が登場して得心した。
彼は、緑の帽子に、緑の羽をつけている。
そしてベルがベルがと叫んでいる。
ああ、そうか、彼はピーターパンなんだと思った。
ピーターパンが終末医療センターかどこだかわからないが、
そこに入居している女性の三人組を、
老人が元気で生き生きとしたリゾートアイランド、
ねばねばランド(=ネバーランド)に連れてきて
ひと時の夢を見るということだったのか、と。
そこで、ようやく僕も劇中にのめり込む事が出来るようになり、
静かにしかも、美しく舞台は終わった。
まるで人生の余韻を噛み締めるように。
同時に、ファンタジーにフトコロを借りる際に、
その効果がリアリティとは逆の効果をもたらしてしまうということの
功罪について終演後しばらく考えてしまった。
高校2年生の時の文化祭の出し物が「ピーターパン」だった。
ピーターパンの緑の衣裳は
そのときの記憶が強く残っていたからである。