『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』
能のフォーマットを応用し、ついえた「夢」を幻視する、レクイエムとしての音楽劇
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
(@兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール)
作・演出:岡田利規
音楽監督:内橋和久
出演:アオイヤマダ 小栗基裕(s**t kingz) /
石倉来輝 七瀬恋彩 清島千楓 /
片桐はいり
謡手:里アンナ 演奏:内橋和久
西宮北口のこの劇場で2日間2回だけの上演。京都ロームシアターでも公演があったのだが、こちらの劇場の方が自宅から近いので3月7日、土曜日の15時の回に伺う。前半55分、休憩15分、後半55分というものすごく様式化された上演時間。これも、能楽の様式美みたいなものを意識されているのか?ちなみに能楽の曲の終わり方は、実は毎回違うことを伺ったことがある。その時の雰囲気に合わせて縦横無尽に変えていくことが集団で演奏をしていて出来ることがすごい!
「珊瑚」は若い作家が創作のヒントを探る旅で沖縄を訪れるというもの石黒来輝が作家役で沖縄を案内し運転をしてくれる方の役で清島千楓、辺野古の海を見ていると、そこに珊瑚の妖精(能楽だと亡霊とか幽霊と言うべきなのか?)やウミガメの精などが登場する。演じるのはアオイヤマダ。ものすごく有名な方のダンスを初めてみた。重力に逆らいながらの身体と風のようにゆらめく身体の同時を体感することができる。目力が強いというのもアオイヤマダさんの強烈な個性につながるんやな!と思った!
そして2本を通して内橋和久の音楽が素晴らしい、謡手は里アンナ。こうしたものを見るとまさに演劇とは総合芸術であると感じる。美術も能舞台に模して橋がかりみたいな通路があり正方形の能舞台のようなものがある。床はグレイで道路の白線などが引かれている。橋がかりに置かれている3本の松がここでは3つの黄色いパイロンとなっていて、そうした洒落心も楽しい。照明も天井に同じ正方形にした枠が斜めに吊られてあり、そこから白い光を発している。まるで現代アートのような印象!そして、その白い枠が均一に真っ白に発光しているのがすごかった。いったいどうしたらあんなライティングが出来るのだろうか?などなどと言う意味では能楽のカタチを借りながら、その様式を現代アートにしていく作業がなされているのではないか?と感じるのだった。
休憩後の
「円山町」は、あの渋谷の円山町が舞台。道玄坂を上がった神泉との間のラブホテル街。ここで一流企業のOL(死語?)が夜な夜な売春をしていて、ある日、殺されたという事件にインスパイアされたもの。男女雇用機会均等法の名のもとに女性が男性社会で戦っていかなければならない時代、あの女性はどのような思いで生きていたのか?どのような思いで夜な夜な円山町で春を鬻(ひさ)いでいたのか?という考察とイメージが具現化されていく。時代は現在の3月。4月から就職をする女子大生(七瀬恋彩)が円山町にあるお地蔵さんだったかがある場所にやってくる。そこに表れる殺されたOLの幽霊。小栗基裕(s**t kingz)がその役を演じ踊る。男性が女性役をするのだが、その身体から発せられるダイナミックで力強い動きが、ある意味、世間への抗いのようなものを感じさせてくれる。以前、作・演出の岡田利規が岸田戯曲賞を獲った「3月の5日間」のことを思い出す!戦争が行われていた時に、若いカップルが渋谷のラブホテルで5日間過ごすというものだった。今も、創作当時とは違う、新たな戦争がいたるところで起きている。私たちは何も変わってないのか?と無常観に包まれる。
どちらの作品にも片桐はいりが現在生きる地元の人の役を演じて、作家や女子大生と会話をする。片桐はいりの立場がその独特な夢のような世界から客観的な視点に戻され現実を直視する感覚が来る。片桐はいりが、こうして夢幻の世界と現在とを行き来する間に入る役をすることで観客の視点も拡がっていく。何を感じ考えるのかは観客にすべて委ねられる。観客の想像力を信じて、いい意味でそこを突き放すことが出来る岡田利規のすごさ!
岡田さんはこの舞台は私の作品の中ではわかりやすいと書かれていた。しかし、そのわかりやすさの奥にとても複雑なものがあるのだ!ということも事実ではないか?そこは、観客次第なのかも知れないが。
