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「粛々と運針」iaku(@インディペンデントシアター2nd)作:横山拓也、演出:上田一軒、出演:佐々木ヤス子、中山義紘、花戸祐介、鈴鹿通儀、鄭󠄀梨花、林英世
iaku公演(あるいは横山拓也の作品)は好きでかなり見ていたつもりだったが、本公演は2回行われていたのにも関わらず行くことが出来なかった。東京公演にさきがけの大阪公演。もともと大阪をベースに活動されていた劇団のご縁を感じる。そして、毎公演、こうして関西の劇場でも上演してくれることに感謝。大阪の劇団に多くありがちな大げさで笑いがてんこ盛りのものと一線を画した作風が特徴的。あとは維新派の流れなどを汲む身体や上演場所を工夫したものも特徴のひとつではないか?そうした地域の特性に合わせた劇団や公演が拡がるといいなと思う。そのためには公共の支援などは欠かせない。なぜならこうした芸術作品は見に来る人たちにとって心をいやす場所だから。精神の疾患が2030年代になると現代人にとって最大の病気になるなどと言われている。SNSやデジタルデバイスの普及がそれに拍車をかけている。それとは真逆のこうした芸術作品に触れる機会が増えることで、そのようなリスクが軽減されひるがえっては、ここの地域や共同体の利益になるのではないか?本公演も大阪府芸術文化振興事業補助金が活用されている。 (以下、多少のネタバレありますが、読んでから見ても問題ないかと思います。) ある夫婦と兄弟の物語。二人暮らしの夫婦(中山義紘、佐々木ヤス子)は念願の新築一戸建てを建てたばかりのアラフォー世代。妻は大手企業で課長代理に38歳で昇進し課長を目指して仕事をしている。夫は学生時代にバイトをしていたファミレスにそのまま就職し、淡々と仕事をこなしている。先日夫が運転中に停止していたら、突然後ろから追突されて鞭打ち(?)になったようで大きなギブスのような固定器具を首につけている状態。 現在車は修理工場に行っており、損傷などを調べている状態。夫婦は2人暮らしでこどもが居ない。夫は事故の代償で加害者が弁済をしてくれるということでシャーシが損壊していたら新車を購入すると言われ、あこがれの2シータのスポーツタイプの車を手に入れた意図思っている。あとで登場するのだが妻は夫に、二人で暮らしていこうと思ってその生活を選ぼうとしていたのだが、妊娠したのかも知れないと夫に告げる。夫は産む方がえんとちゃう?と言い出し、妻は、今まで培ってきたキャリアをなくしたくないと夫に出産をしないで働き続けることを選択さひたいと告げる。二人の会話は関西弁。関西人の何気ない日常会話が完璧に再現されるのもiakuの素晴らしいところ。関西人が似非関西弁を喋るのを聴くときに持つ違和感はなぜなのか? そして兄弟は母親の実家に同居する兄(花戸祐介)、40代で高校時代からやっているコンビニのアルバイトをしているいわゆるフリーター。70歳を前にした母親の年金などを頼りに暮らしている。父親はずいぶん前に他界している。その母親が進行したすい臓がんと診断され入院をしてしまった。今後のことなどを話すために結婚して別の場所で暮らしている弟(鈴鹿通儀)がやって来たという設定。弟は普通の一般企業に勤めて、妻と共働きをしている。弟の夫婦にも子供がいない。母親は入院していて尊厳死をしたいと子どもたちに告げる。動揺する兄、その兄と対話する弟。金沢さんという母親のBF(?)が母に寄り添っているらしい。 ここで描かれているのは「命」に向き合いながらも、現代社会での役割をどのように演じていくか、実行していくのか?そこには自分というものがあるのか?それとも?ということを深く考えさせてくれる。平田オリザさんが良く「会話と対話は違う」ということを話される。会話は日常の何気ないもの「今日何食べる?」とか「今日は暑いね」みたいなもの。そして対話は価値観や考え方が違う人たちとその視点を共有するために語られるものであると。そして、本作は「いのち」というものに向き合わざるを得ない夫婦と兄弟がその状況で対話せざるをえなくなり本音をぶつけ合ったシーンがたくさん登場する。家族だと会話と対話が混在していて、国家間の外交などで交わされる対話とは大きく違いとてもわかりにくくなってしまうという構造がある。そのことで家族同士が、いがみ合ったり、などということも起きるだろう。家族同士の視点が違うことで、葛藤が起きるだろうことも想像できる。横山さんの戯曲はそうしたところから逃げずに切り込んでいく、そこが最大の魅力であり特徴。そこから見えてくる風景は家族のことあるいはいのちのことなのですべての生きとし生ける人にとって切実な問題。でも、多くの人たちはそれを見てみないふりをしてやりすごしたり、ただ単に時間が過ぎていくだけになってしまったりしているのではないか?しかし、ここでは彼らの立場の言葉で本音に切り込み、時にはお互いに傷つけあいながら対話を重ねていく。そのことで新たな視点が見えてくるのかもしれない。観客もそれをみながら一緒に考える。 また、視点をさらに複層的にするために舞台奥に階段がありその上に座る女性(林英世)と女の子(鄭梨花)がいる。二人は真っ白なワンピースに赤い糸のステッチが施されている衣装(衣装:はたもとようこ)をまとっている。二人はせっせとその膝の上にある真っ白な布を針と糸を使って粛々と運針をしている。ここは天国なのか?それともその境界なのか?何も語られない。時々、下界(?)の夫婦や兄弟が話しているのを見て、何か語る。その複層の視点を加えたことで本作はさらにより深く考えさせられる作品となっていったのではないか? 美術の使い方が素晴らしい。円形の大きな金属製のリングが天井からつるされている。リングはピアノ線でつられていて上下する。そのリングの外と内で世界を分けている。リングが空間であり、それを見ているとリングの円形がまるで時計のようにも思えてくる。ここで時空が描かれているのか?私たちがここにいる本質が存在する時空間がシンプルなリングの空間構成だけで表現されている演出の巧みさ。そして、見るとわかるが、ある時点でその時空が混在するシーンがあって、その本音の二家族の対話のシーンには鳥肌が立った。 (以下、割と深めのネタバレですが本作の本質のことなので敢えて記載しますが、観劇に行かれる方などはご了承ください) 自分がどのような人生を生きて行きたいのか?が選択できる時代になったという現実がある今だからこそのお話かもしれない。そして、その役割を演じることはどういうことなのか?ということ。妻の話を例に挙げると「課長代理として課長以上の仕事をしている自信がある今、2年後に本当に課長になるべく奮闘する会社員を演じる妻」一方では、子どもが出来ると「母親を演じなければいけなくなる。そのことによって自分が考える理想の母親を演じようと思って生きて行くことには自信がない」というセリフが発せられる。夫が専業主夫となればその課題は解決できるのだろうか?と観客に思わせる。倫理的な命をどのように扱うべきなのか?生きている意味ややりがい生きがいを感じないのに生きていていいのか?などの大きな課題が見えてくる。 どうしようもない難しい課題を観客はこれを観ることで突きつけられる。その体験は決してネガティブではなく、逆に心の清浄を生み出してくれているのではないだろうか?これこそがまさに舞台芸術の大きく言えば芸術作品の効用なのではないだろうか?こうした体験をするとしばらくは平穏に生きて行こうというような気になるのではないか?そして家族のことなどをもう一度、違う視点で考えてみようと思わせてくれるのではないか?そんな秀作でした!上演時間1時間35分。大阪公演30日まで。その後、東京公演、新潟公演がある。詳細は以下 https://www.iaku.jp/
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by haruharuyama
| 2026-03-29 10:29
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