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学生時代、JP.サルトルの「ユダヤ人」(@岩波新書)を購入して、 全く理解できないながらも泣きながら完読した。 というよりも、活字を最後まで追い続けたといった方が正しいかも知れない。 このサルトルの「ユダヤ人」はいまだ実家の本棚に 僕の若き頃の汚点の象徴として置かれている。 うちの母親は決して読まないような気がするが、置かせてもらってます。 内田樹が「ユダヤ人」のことについて語ったものを出版した ということで再挑戦である。 内田氏の文章ならなんとか理解出来るだろうか? 25年目の再挑戦。 内田樹はフランスの哲学者「レヴィナス」の研究者でもある。 彼はユダヤ人である。 内田は尊敬する師に対して、 こんなことを考えている日本人もいるのだということを 提示したかったと記している。 で、結論は、本書のラスト三行に集約されている。 引用する。 私たちがユダヤ人について語る言葉から学ぶのは、 語り手がどこで絶句し、どこで理路が破綻し、 どこで彼がユダヤ人についてそれ以上語るのを断念するか、 ほとんどそれだけなのである。 通読して、この三行を読み返すとなるほどなーっと思う。 しかし、これだけ提示されても何のことだかわからない。 長々と内田氏の考察に付き合ってくると薄っすらと靄が晴れるように、 ぼんやりとした輪郭のようなものだけが見えてくる。 ユダヤ人問題はとにかく複雑だ。 差別がいかにして起こるのかというような社会の構造にも 近いところがあるかも知れない。 実は我々の内側にユダヤ人問題はあるのだと。 謎かけのようだが本当なのである。 決して、旧約聖書やユダの反逆といったものだけでは済まされない問題である。 そしてそのことがイスラエルも含めて現実の問題として 現在も続いていることが複雑なのだ。 内田氏は常々言っているように、複雑なことは複雑なままでよく、 それを受け入れていくことが大切なことだ、と。 その持論をここでは証明するように 「複雑な問題」としてポーンとテーブルの上に乗っかっている。 それは、決していつまでもかたづけられない問題である。 テーブルの上のそれが気になる人は気になるし、 気にならない人は気にならないのだろう。 そんなことを、内田氏は延々と語り続ける。 事実として、ユダヤ人について知ることも多々あった。 日露戦争で日本に大量の戦争資金を融資したのはユダヤ人であった、とか。 ユダヤ人の有名人はこんなにいるんだとか、 もともとユダヤ人たちには農地が与えられず、 中世のギルドのメンタリティが残っていたところでは、 旧来の仕事をユダヤ人はやらせてもらえなかった。 だからこそ、彼らは金融やサービスなどといった 新規の事業をやらざるを得なかった。 ハリウッドの映画事業も同じことであると。 ただ、彼らは、永遠と自己否定しつづけながら生きていくという生き方しか 選択が出来なかったため、変革の最前線に常にいることが出来た ということも事実であるのだと。 考えることのきっかけの為に。
by haruharuyama
| 2007-02-15 07:55
| 読書
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Comments(6)
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内田樹さんのblogは、はたとひざをうつ文が多いのでいつも読ませていただいております。ユダヤ人に関する著作はまだ手に取っておりませんが、いずれ読みたいと興味津々です。
ところで「複雑なことは複雑なままでよく、それを受け入れていくことが大切なことだ」という言葉は常に考えさせることで、混沌(カオス)を混沌のまま人は受け入れることができないので「宗教」を生まれたのだとわたしは考えております。 なのでそれを受け入れることは大切というレベルより、それに耐えうる精神を鍛える不断の努力を要求されるということだ思います。
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bitmediaさま。いつもながらの卓見ありがとうございます。本当におっしゃる通りだと思います。そのために教育とか社会とかが微細ながらでも出来ることがあると信じております。
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いわゆる『一神教』がこの世の中になかったほうが、人間はもっと平穏なのではないかと思っています。
内田さん。私ももっと早く知っておけばよかったと思っている人物の一人です。
Tenさん。意味深いコメントありがとうございます。八百万の神の宿る国に生まれてきたことの幸せを考えてみます。
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河合隼雄さんとかの悪い影響で(笑)一神教だから原理主義、多神教だから非原理主義みたいな誤った観念というか、日本人的な免罪的エクスキューズが浸透して困ったものだと思っています。
ヤオロズの神をご利益的に信じ、無宗教な目で世界を冷静に観察することができる、と思っている人はやはり島国のお気楽な環境のなせるわざと思います。 その日本人は(自分を含めて)思想軸のひ弱さのために、かつての隣組からはじまる公安のヒエラルキーのなかにうめられたら簡単に「八紘一宇」な原理主義に簡単にとりこまれてしまうのです。
bitmediaさま。河合隼雄さんの影響のこと、勉強不足でわかりません。すいません。
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