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立川談志という落語家の生き様を描いたドキュメンタリーの秀作である。 製作スタッフの熱意に頭が下がる思いである。 昭和27年に弟子入りしてから55年間落語をやり続けてきた立川談志。 カメラは彼の半生を綴りながら71歳になる 家元の日常を執拗に追い続けている。 ここにはカメラと被写体との確かなコミュニケーションが存在している。 以前、宮崎駿のプロフェッショナルを見たときに 取材者と宮崎さんとのコミュニケーションに違和感をもった。 「宮崎駿の創作を追ったドキュメンタリーの秀作として 「もののけ姫はこうして生まれた」という素晴らしい作品がある。 ドキュメンタリー作家はテレビマンユニオンの浦谷年良。 本作はNHKエンタープライズの制作であるが、 制作協力、スローハンドとあった。間違いない! スローハンドというプロダクションカンパニーは 「情熱大陸」でもいい仕事をたくさんしており、 表現者・アーティストなどを追いかけるドキュメントの作りが素晴らしい。 いつも感心する。 いいな、と思った情熱大陸はスローハンド制作のことが多いような気がしている。 そして今回もである。 決して、作りが表面的にならずに作り手の深奥まで入っていくような チカラを感じるのである。 立川談志は「現代落語論」の中でこのようにかたっている。 「落語とは人間の『業』を受け容れ認めている芸である。」と。 いいところも悪いところもひっくるめて人間の「業」を認め て受け入れ表現すること、それが落語であるという哲学をベースに この番組は作られている。 そのためには演じては非常に厳しい努力や修行を しなければならないのは当然で、その芸事を成就させるためには、 ありとあらゆる芸事に通じてなくてはならず、 その芸とは伝統に裏打ちされたものでなくてはならず、 しかしながら、伝統的なものを現代にきちんと置き換えて 演じることが出来なくては、一人前の、 少なくとも立川流の名前を名乗る噺家になることは出来ないという 強い意志をもっている。 その典型的な映像が、本当に貴重な映像が流される。 立川流で前座をしている噺家さんたちが、 二つ目になるときの昇進試験の様子が映し出される。 圧倒的な知識量から次々と昇進試験の噺家たちに質問を浴びせかけて、 何々やってみ?ということで次々に落語はもちろんのこと、 講談、踊り、謡い、カッポレ、民謡などなどをやってみさせ、 即断的に反応し、芸をしている彼らに対して批評の言葉を語り続ける。 そこにきちんと対峙できたものたちだけが二つ目に昇進し、 そして真打への道を歩んでいくことになるのだろう。 弟子をとった師匠ではなく立川流は家元がそれを背負っている という事実が立川流ならではの面白さと 芸の幅の広さにつながっているのかも知れない。 また、このドキュメントは「老い」に直面する一人の男の 物語といえるのかもしれない。どうしても「老い」ということ、 老人でいることに慣れることの出来ない立川談志は、 老いることで、噺を飛ばしてしまったり、 噺が出てこなくなったりということを高座で経験し、 また体調の悪い日が多くなり眠れなく鬱状態が延々と続いている中で、 落語をやる。 落語をやることによって談志自身が救われ癒される。 そしてうまく演じられないと地獄へ堕ちたような気分になる。 絶好調の時代の記憶が自分自身の中に残っているからこそ、 今の自分の落語に納得がいかないわけで、 それは、僕のような凡人には理解できるわけもなく、 見続けることによってしか僕は解決できる道筋など示すことは出来ない。 談志は自分自身である談志と、客観的に物事を見ることのできる 批評家の談志が両方存在しているのだろう。 落語家の談志が演じ、それを批評家の談志が解釈し、解説する。 あのときの「芝浜」と今日の「芝浜」との違いなども感じながら。 また同時に、この番組の中で、観客との関係に触れていたところも 非常に興味深いものだった。 「富久」を演っているときに 人情噺のクライマックスの部分でも、談志の表情や言い方の面白さに反応して 笑う観客に談志は愕然とする。 この「笑い」を受け容れてしまえるのが綾小路きみまろである。 もとい。 話している途中「そんなに面白いですか?面白いところですか?」と尋ねる。 終演後、談志はがっかりした中に怒りをあらわにする。 観客がきちんと向き合っていないからこそ、 談志はさらにその向き合ってなさに強い憤りを感じたのだろう。 爆笑問題の太田が日本に天才と言える人はこの人しかいない。 と言い切る中には、談志の芸に対する 命をかけた執着心と芸術の域にまで高め、 その高みににじりようろとし続けている男の生き様を 感じているからではないだろうか? 立川談志は新潟に田んぼを持っている。 その田んぼの稲刈りが終了して、談志は語る。 「こうやって労働して得た対価と、 株式の売り買いで得た対価はお札の色を分けないといけませんねえ。 作物をつくるという行為の対価は株式の売り買いで得た対価の倍、 いや三倍くらいの価値のひらきがあって当然だと思うんですよ。」 「高いものを買う奴にろくな奴はいねえ。」といいながら 71年間生きてきた男は、練馬の資料を入れた家にある 落語や芸に関する資料はまったく捨てられず、したがって、整理もできず、 近くの銭湯で一風呂浴びて、 とことこと街中を歩いて行くのだった。
by haruharuyama
| 2007-04-27 08:36
| ドキュメンタリー
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